独身と偽って交際・性交渉を行った相手に対して貞操権侵害に基づく損害賠償を請求する際、加害者側から「相手にも不審な点があったはずだ」「調べる義務を怠ったのだから過失相殺(自己責任)が適用されるべきだ」という抗弁が出されるケースが少なくありません。
1. 独身偽装交際における「過失相殺」の基本構造
民法第722条第2項に定められる過失相殺は、被害者にも損害の発生または拡大について過失(不注意)があった場合に、賠償額を減額するという制度です。
貞操権侵害のトラブルにおいても、被害者側に「既婚者であると容易に気付くことができたのに、漫然と見過ごした」といえるような特段の事情がある場合には、慰謝料の額に影響を与える要素として考慮されることがあります。
しかし、これは「少しでも怪しい点があればすべて被害者の責任になる」という意味ではありません。
2. 加害者の「巧妙な嘘」が過失相殺の成立を阻む理由
加害者側は、しばしば「休日に連絡がつきにくい」「自宅に招いてもらえない」といった事実を捉えて、「既婚者だと気づけたはずだ」と主張します。
しかし、裁判実務においては、単に外形的な不審点があったかどうかだけではなく、「加害者がその不審点に対してどのように説明し、被害者を信用させたのか」というプロセスが極めて重視されます。
- 加害者が巧妙な言い訳(「仕事が特殊で休日も不定期」「実家や一人暮らしの事情」など)を用意していた
- 被害者が疑問を抱いて質問した際、それを上回る嘘や偽りの証明(独身を装うための偽装工作など)で安心させていた
- 周囲の友人や家族に紹介するなどして、真面目な交際であると誤信させ込まれていた
上記のような事情がある場合、被害者が抱いた不審感は加害者の積極的な欺瞞行為によって「解消」させられたものといえます。したがって、騙された側である被害者の注意義務違反(過失)を認めることは相当ではありません。
3. 加害者側の主張に対する具体的な反論・抗弁のポイント
加害者側から「過失相殺の抗弁」がなされた場合、感情的に反発するのではなく、法的な構成と証拠に基づいて論理的に反論することが不可欠です。
不審点を補う巧妙な弁解の事実を主張する
相手の行動に不自然な点があったとしても、その都度相手がどのような説明を行い、どのように納得させられたのかを時系列で整理して主張します。日記、チャットアプリの履歴、メールのやり取りなどは、当時のやり取りを証明する強力な証拠となります。
加害者が積極的に偽装を行っていた点を強調する
被害者が自発的に調査しなかったことを責める前に、加害者側が「既婚者であることを隠すためにいかに積極的に欺いていたか」を浮き彫りにします。虚偽の独身証明や、実家・友人関係に関する嘘は、騙す意図の悪質性を示すものであり、過失相殺の適用を排除する要因となります。
二重のトラブル(ダブルトラブル)への警戒
独身偽装交際の問題では、相手の配偶者から逆に不貞慰謝料を請求されるという「ダブルトラブル」に発展するリスクも潜んでいます。加害者側が自分の責任を軽くするために被害者側に責任を転嫁してくるケースもあるため、冷静かつ慎重な対応が求められます。
4. 貞操権侵害における過失相殺の主張を見据えたまとめ
独身偽装による貞操権侵害において、加害者側が持ち出す「過失相殺」や「自己責任」の論理は、自らの欺瞞行為を棚に上げた責任逃れに過ぎないケースがほとんどです。外形的な不審点が存在したとしても、それを上回る巧妙な嘘や偽装工作によって信用させられていたのであれば、被害者の責任として減額が認められるべきではありません。
泣き寝入りすることなく、当時のやり取りや証拠を丁寧に紐解きながら、加害者の欺瞞性と自らの正当性を論理的に主張・立証していくことが、適正な慰謝料獲得への確実な道筋となります。