独身であると偽って交際を重ね、肉体関係を持たされた末に既婚者であることが発覚する「独身偽装交際」。これは、性的自己決定権を侵害する不法行為(民法第709条)として、精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められるケースが多く存在します。
特に相手が上場企業の役員である場合、社会的な信用や地位を失うリスクを恐れる一方、合意した慰謝料の支払いを口裏を合わせて後から反故にしようとするトラブルも少なくありません。
本記事では、上場企業役員の既婚男性から確実に慰謝料を回収するための「給与・退職金差押え特約」付き公正証書の活用法について詳しく解説します。
独身偽装交際における「公正証書」の重要性
独身偽装交際や貞操権侵害の示談交渉において、私製の示談書(当事者間で署名・捺印した書面)だけで合意を済ませてしまうことは大きなリスクを伴います。
私製示談書の限界
- 相手が「脅されて署名した」と主張し直すリスクがある
- 分割払いの途中で連絡が取れなくなった場合、回収のために裁判を起こす必要がある
- 裁判の判決が出るまでに時間と弁護士費用がさらにかかる
これに対し、全国の公証役場で作成する「公正証書」は、公務員である公証人が作成する公文書であり、極めて高い証明力を持ちます。
強制執行認諾文言の効力
公正証書の中に「強制執行認諾文言(きょうせいしっこうにんだくもんごん)」という特約条項を入れておくことが極めて重要です。
この文言があることで、相手が慰謝料や解決金の支払いを怠った際、通常の裁判手続きを経ることなく、直ちに裁判所へ強制執行(差押え)の申し立てが可能になります。
上場企業役員に対する「給与・退職金差押え特約」の法的効果
上場企業の役員は、一般的な会社員と比較して給与水準が高く、将来的な役員退職慰労金(退職金)などのまとまった財産も期待できます。そのため、給与や退職金を対象とした差押え特約は、非常に強力な心理的プレッシャーと実効性を発揮します。
1. 給与の差押えによる回収
相手が分割での支払いを滞納した場合、公正証書を債務名義として、勤務先の上場企業に対して給与の差押え(債権差押命令)を行います。 役員報酬や給与は生活の基盤であるため、会社に差押えの通知が届く事態は何としても避けたいと考えるのが通常です。このプレッシャーにより、支払いが滞るリスクを大幅に軽減できます。
2. 退職金・役員報酬の差押え特約
公正証書を作成する際、通常の月々の分割金だけでなく、退職時や任期満了時に支払われる退職慰労金等からも優先的に回収できる旨の特約や、支払いが滞った際の一括請求条項を盛り込みます。 上場企業における役員の退職金は高額になるケースが多いため、将来の債権を確実に押さえておくことが重要です。
公正証書作成に向けた実務上のステップ
公正証書をスムーズに作成し、確実に効力を持たせるためには、以下のステップを踏む必要があります。
- 事前にお互いの合意内容(慰謝料の総額、分割払いの回数と金額、振込先、遅延損害金の定めなど)を明確にする。
- 専門家のサポートのもと、法的に不備のない「公正証書原案」を作成する。
- 公証役場へ予約を入れ、原則として当事者双方(または代理人)が出頭して署名・捺印を行う。
既婚者トラブルにおけるダブルトラブルへの警戒
独身偽装交際のトラブルにおいて注意しなければならないのが、相手の配偶者からの「不貞慰謝料請求(ダブルトラブル)」です。
自分が「独身だと騙されていた(被害者)」であるにもかかわらず、相手の配偶者から「夫(妻)を奪った不貞相手」として高額な慰謝料を請求されるケースが後を絶ちません。
このような状況下で、騙していた張本人である既婚男性と適切な示談を行わないまま放置すると、自分ばかりが経済的・精神的な負担を背負うことになりかねません。 独身偽装を立証する証拠(マッチングアプリのプロフィール、独身と告げられたメッセージ履歴など)を早期に確保し、ご自身の貞操権侵害の被害回復と、配偶者からの不当な請求に対する防御を並行して進めることが重要です。
まとめ
上場企業役員という社会的地位を持つ既婚男性による独身偽装交際は、精神的な苦痛が大きいだけでなく、口約束や私製の示談書ではその後の支払いが反故にされるリスクが伴います。
確実に慰謝料を回収するためには、強制執行認諾文言に加え、「給与・退職金差押え特約」を盛り込んだ公正証書を公証役場で作成することが極めて有効です。相手の社会的信用を背景としたプレッシャーを実効性のある回収手段へと変えるためにも、法的な不備のない書面作成と証拠の保全を慎重に進めましょう。