開示請求で特定した投稿者が「精神疾患・認知症」だった場合の保護者交渉

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、ネット上の誹謗中傷削除・発信者情報開示命令(IPアドレス特定)・仮処分裁判実務に基づき、プロバイダ責任制限法および最新の判例に沿ってわかりやすく解説しています。

Q 開示請求で特定した誹謗中傷の投稿者が「精神疾患・認知症」だった場合、本人や家族への損害賠償請求はどうなりますか?
A 【責任能力の有無と賠償請求の限界】投稿者に自らの行為の責任を弁識する能力がない(心神喪失の状態など)場合、本人に対する不法行為に基づく損害賠償請求は原則として認められません。ただし、監督義務者の責任が認められる場合には、保護者や家族へ賠償請求できる可能性があります。
【弁護士を介した冷静な示談交渉の重要性】感情的な対立は解決を遠ざけるため、法定代理人や成年後見人を交えて交渉を進めることが不可欠です。損害賠償だけでなく、再発防止策を盛り込んだ示談を書面で締結することで、根本的な解決と平穏な日常の早期取り戻しが実現します。

ネット誹謗中傷の開示請求の先に見つかった予想外の現実

長期間にわたる苦痛の末、発信者情報開示請求によってようやく誹謗中傷の投稿者を特定したにもかかわらず、その人物が重度の精神疾患や認知症を抱えているケースが実務上存在します。

被害を受けた側としては、許せない気持ちや、受けた損害の補償を求めたい思いでいっぱいであるため、相手が心神喪失の状態であったと知らされると、どのように対処すべきか途方に暮れてしまうことも少なくありません。

このような状況において、感情的に本人を追及することは法的にも実務的にも解決を遠ざける原因となります。法律上の責任能力の有無を正しく理解し、保護者や成年後見人を交えた適切な交渉ルートを選択することが求められます。

投稿者に精神疾患・認知症がある場合の「責任能力」の考え方

民法上、他人に損害を与えた場合でも、その行為者に自らの行為の法的責任を弁識する能力(責任能力)が備わっていなかったときは、原則としてその損害を賠償する責任を負わないとされています。

心神喪失と責任能力の有無

  • 重度の統合失調症による幻覚・妄想に支配されて投稿していた場合
  • 認知症が進行し、善悪の判断やインターネット上の書き込みの意味を全く理解できない状態であった場合
上記のような状態にあったと医学的・客観的に認められる場合、投稿者本人に対して不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起しても、裁判で請求が棄却される可能性が極めて高いといえます。

責任能力が認められる境界線

一方で、精神疾患の診断を受けているからといって、一律に責任能力が否定されるわけではありません。疾患を抱えながらも社会生活を営み、自分の行為が違法であることを認識できていたと判断される場合には、通常通り本人への責任追及が可能となります。この判断は非常に専門的であるため、診断書や当時の状況証拠をもとに慎重に見極める必要があります。

保護者(監督義務者・成年後見人)へ責任を追及するための要件

本人への直接請求が難しい場合であっても、被害を泣き寝入りする必要はありません。状況に応じて、投稿者を監督する立場にある者へ法的責任を問える場合があります。

監督義務者の責任(民法714条)

責任能力のない者を監督する法定の義務を負う者(配偶者や同居の親族など)は、その者が他人に加えた損害を賠償する責任を負うのが原則です(監督義務者自身の責任)。ただし、監督義務者が「監督を怠らなかったこと」または「過怠を怠らなくても損害が生じたはずであること」を証明した場合には、責任を免れることができます。実務では、同居の家族が長期間にわたってインターネット上の異常な行動を放置していなかったかどうかが争点となります。

成年後見人との交渉

すでに家庭裁判所によって成年後見人が選任されている場合には、その成年後見人が本人に代わって財産管理や法律行為を行います。この場合、交渉の窓口は本人ではなく成年後見人となります。後見人は本人の財産を管理・保護する立場にあるため、客観的な証拠を示しながら、妥当な範囲での和解金支払いや示談合意に向けて話し合いを進めることが可能です。

保護者・後見人との示談交渉を進める際の重要ポイント

精神疾患や認知症を抱える投稿者の関係者と交渉する際は、一般的な示談交渉とは異なる配慮とアプローチが必要になります。

1. 感情的にならず客観的な証拠を提示する

ご家族側は、日頃の介護や療養の負担から精神的に追い詰められているケースが多くあります。そこに突然損害賠償を請求されると、防御的になったり拒絶反応を示したりすることが少なくありません。弁護士を通じて、客観的な誹謗中傷の証拠と被害の深刻さを冷静に伝え、事態の重大性を理解してもらうことから始めます。

2. 金銭賠償だけでなく「再発防止」を最優先にする

資力がない場合や、家計が困窮している場合には、高額な慰謝料を一括で支払うことが現実的に不可能なことも珍しくありません。このようなケースでは、金銭的な賠償額だけに固執するのではなく、以下のような実効性のある条件を盛り込んだ示談書を作成することが重要です。
  • 該当する誹謗中傷投稿の速やかな削除、および将来にわたる同様の行為の禁止
  • 保護者による端末の管理徹底や、インターネット利用の制限といった具体的な再発防止策
  • 連絡先変更や誓約事項に違反した場合のペルソナ設定

3. 秘密保持条項とSNSアクセスの遮断

精神疾患や認知症が絡むトラブルでは、交渉の経緯や内容がSNS上で再び拡散されるなどの二次被害を防ぐため、厳格な秘密保持条項を設ける必要があります。また、ご家族の協力のもとで、二度と同じアカウントや端末からアクセスできない環境を構築することが、被害者側の精神的平穏を取り戻すために最も効果的です。

まとめ:予測外の事態に直面したときは弁護士にご相談を

開示請求の末に判明した投稿者が精神疾患や認知症であったという事実は、被害者の方にとって大きな戸惑いを伴うものです。しかし、法律の枠組みを正しく理解し、適切な法的アプローチをとることで、法的責任の追及や再発防止に向けた道筋を見出すことは十分に可能です。

夕陽ヶ丘法律事務所では、発信者情報開示請求の実行から、相手方の属性に応じたきめ細やかな示談交渉・法的措置まで、一貫してサポートいたします。複雑な状況でお悩みの方は、一人で抱え込まずに、どうぞお気軽にご相談ください。

弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、借金問題、既婚者との男女トラブルなど、日常の不測の事態に直面した皆様の心理的なご負担を少しでも和らげ、円満な解決を導くためのサポートを徹底して行っています。どんな小さなお悩みでも、まずは当事務所の事務スタッフがLINEのチャットにて丁寧にお話をお伺いいたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。

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