独身と偽って交際・性交渉を行った相手に対して貞操権侵害に基づく損害賠償請求を行う際、大きな壁となるのが「相手の正確な身元が分からない」という問題です。
マッチングアプリや職場などで知り合った相手が「派遣社員」や「契約社員」である場合、偽名や曖昧な勤務先情報しか知らされておらず、法的通知を送るための住所や本名が判明しないケースが少なくありません。
1. 独身偽装・貞操権侵害における身元特定の重要性
既婚者であることを隠して独身と偽り、肉体関係を持つなどの行為は、民法709条の不法行為(貞操権侵害)に該当し得る重大な問題です。しかし、慰謝料請求を行うための内容証明郵便を発送したり、裁判を起こしたりするためには、相手の「正確な氏名」と「現住所」を特定しなければなりません。
相手が自身のプロフィールを偽っている場合、手元にある情報は以下のような不完全なものであることが多く見られます。
- マッチングアプリ上の偽名やニックネーム
- 連絡ツール(LINEやSNS)のアカウント名のみ
- 聞きかじった勤務先の社名(派遣先)や、曖昧な最寄り駅
このような状態では、法的請求の第一歩を踏み出すことができません。そのため、相手が籍を置く「派遣元人材会社」や「派遣先企業」を通じた情報の特定が必要となります。
2. 派遣元人材会社への弁護士照会(23条照会)の仕組み
相手が派遣社員である場合、雇用契約を結んでいるのは派遣先の企業ではなく、人材派遣会社(派遣元)です。派遣元は従業員の正式な戸籍上の氏名、現住所、社会保険の加入状況、緊急連絡先などを正確に把握しています。
ここで活用されるのが、弁護士法第23条の2に基づく照会制度(いわゆる23条照会)です。
23条照会の概要と法的根拠
弁護士会照会は、受任している事件の活動に必要な証拠や情報を収集するため、弁護士会を通じて官公庁や企業・団体等に対して必要な事項の報告を求めることができる制度です。
- 相手への法的請求(貞操権侵害の慰謝料請求など)の正当な理由が存在すること
- 相手の身元を特定しなければ権利の実現が著しく困難であること
これらの要件を満たしている場合、弁護士会を通じて派遣元人材会社に対し、契約者に関する情報の開示を求めることが法的に認められています。
3. 開示請求ができる情報と派遣元企業の対応
派遣元人材会社に対して弁護士照会や法的請求を行うことで、以下のような情報の開示を期待できます。
- 戸籍上の正確な氏名
- 住民票上の契約者住所
- 連絡先電話番号
派遣元企業が任意の開示に応じる難しさ
たとえ弁護士からの照会であっても、個人情報保護法の観点から、派遣元企業が直ちにすべての情報を任意で開示してくれるとは限りません。プライバシー保護や従業員の権利を守るため、弁護士からの正式な照会手続きや、訴訟提起を前提とした法的アプローチを踏む必要があります。
そのため、単に個人的に会社へ電話をかけて「相手の住所を教えてほしい」と伝えても、コンプライアンス上の理由から門前払いされるケースがほとんどです。弁護士の職務上の権限や、裁判上の手続を経由した正確なアプローチが不可欠です。
4. 派遣先企業へのアプローチと注意点
派遣社員の場合、実際に働いている場所(派遣先)と、雇用契約上の会社(派遣元)が異なります。
- 派遣先企業への照会: 派遣先企業は、労働者の労務管理を行っているものの、法的な雇用主ではないため、詳細な個人情報(住民票上の住所など)を保有していないケースが多く見られます。また、派遣先へ直接連絡をすることは、相手に警戒心を与えたり、会社間のトラブルに発展したりするリスクがあるため慎重な判断が求められます。
- 派遣元企業へのアプローチの優先: 身元特定の観点からは、派遣先企業ではなく、人事・労務データを正確に管理している派遣元人材会社に対してアプローチを行うのが王道かつ確実な方法となります。
5. ダブルトラブル(配偶者からの逆慰謝料請求)への備え
独身偽装交際の被害に遭われた方が直面しやすい問題として、「相手の配偶者からの不当な不貞慰謝料請求(ダブルトラブル)」があげられます。
「相手が既婚者だと知らずに交際していた(過失がない)」にもかかわらず、相手の配偶者から「あなたも不貞行為をしたのだから慰謝料を支払え」と請求されるケースが後を絶ちません。
このような状況において、相手の身元を正確に特定し、相手が積極的に独身を偽っていた証拠(「独身である」と嘘をついたメッセージの履歴や、マッチングアプリの独身証明の画面など)を確保しておくことは、配偶者からの不当な請求を退けるための最強の盾となります。
6. まとめ:派遣社員の身元特定と法的責任追及のポイント
独身偽装や貞操権侵害の被害において、相手が派遣社員や契約社員である場合は、個人の力で本名や住所を割り出すことが極めて困難です。勤務先として聞いていた情報が派遣先企業のものであったり、連絡先が限定されていたりするため、手探りで調査を進めると相手に警戒されて証拠隠滅を許すリスクもあります。
確実かつ合法的に相手の身元を特定し、慰謝料請求などの法的手続きを円滑に進めるためには、派遣元人材会社を対象とした弁護士会照会(23条照会)や訴訟を見据えた法的アプローチが不可欠となります。相手とのトラブルや身元判明にお悩みの方は、早期に弁護士へ相談し、適切な法的手続きの実行をご検討ください。