示談書に「相手の妻(本妻)へ事実を口外しない」約束を入れるか否か

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、貞操権侵害(独身偽装被害)における不法行為責任(民法709条)、裁判例の慰謝料算定基準、および相手の妻からの不貞請求防御実務に基づきわかりやすく解説しています。

Q 独身だと偽られて交際していた男性から、「妻には絶対に事実を言わない(口外禁止)こと」を条件に示談金を上乗せすると言われました。この約束を示談書に入れても問題ないでしょうか?
A 口外禁止条項の受け入れは、慎重な判断が必要です。守秘義務を負う引き換えに示談金の増額を得られるメリットがある一方で、将来的に義務違反を問われて違約金を請求されるリスクや、ご自身の心理的負担につながるデメリットも存在します。個別の状況に応じた法的な損得を把握した上で決定すべきです。

独身と偽って交際・性交渉を行った既婚者に対し、不法行為(貞操権侵害)に基づく損害賠償請求を行う際、大きな争点の一つとなるのが「示談書への口外禁止条項(守秘義務)の記載」です。

加害者男性側は、自身の家庭(妻)にこの事実が発覚することを極度に恐れるため、「妻に言わないでほしい」という条件と引き換えに、慰謝料の上乗せを提案してくることが少なくありません。

1. 独身偽装交際における「口外禁止条項」とは何か

独身偽装交際(貞操権侵害)や不倫問題の示談交渉において、示談書に「当事者双方が本件に関する一切の事実を第三者に口外してはならない」といった守秘義務条項(口外禁止)が盛り込まれることは珍しくありません。

しかし、既婚者であることを隠されて被害を受けた女性側にとって、この条項が意味するのは単なる「秘密保持」にとどまりません。多くの場合、加害者男性の「妻に知られたくない」という保身の要求を満たすためのカードとして機能します。

加害者側が口外禁止にこだわる理由

加害者男性が多額の示談金を支払ってでも口外禁止を求める主な理由は以下の通りです。

  • 妻に事実が発覚することによる離婚回避
  • 家族関係の崩壊や親族、職場への露見防止
  • 社会的信用や経済的基盤の維持

2. 口外禁止を受け入れるメリット:上乗せ示談金の獲得

被害女性側にとって、口外禁止条項を受け入れる最大のメリットは、「加害者からより有利な条件(高額な慰謝料)を引き出しやすい」という点にあります。

加害者にとって「妻にバレないこと」は最大の利益であるため、そこを交渉のレバレッジ(てこ)として利用することで、本来の相場よりも高い示談金を獲得できる可能性が高まります。

また、早期に和解が成立することで、ずるずると嫌な記憶を引きずることなく、精神的な区切りをつけやすくなるというメリットもあります。

3. 口外禁止を受け入れるリスクとデメリット

一方で、安易に口外禁止の約束を示談書に盛り込むことには、重大な法的・心理的リスクが伴います。

① 違約金条項による二次被害のリスク

示談書に「口外禁止条項に違反した場合、違約金として金〇〇万円を支払う」というペナルティが設定されることがよくあります。 万が一、友人やSNS、あるいは何らかの形で事実が彼の妻に伝わってしまった場合(故意・過失を問わず)、多額の違約金を請求されるリスクが発生します。

② 被害者の正当な権利や表現の自由への制約

被害者であるはずのあなたが、自身の受けた精神的苦痛について、信頼できる第三者に相談することすら制限されてしまう窮屈さが生じます。

③ 相手の妻に対する心理的葛藤

「騙されていた被害者である自分が、なぜ加害者の嘘を隠す片棒を担がなければならないのか」という倫理的なジレンマや悔しさが残り、精神的なストレスがかえって増大するケースも少なくありません。

4. 示談書に盛り込むか否かを判断するチェックポイント

「相手の妻へ口外しない」という約束を示談書に入れるべきか否かは、以下のポイントを整理して冷静に判断する必要があります。

  • 上乗せされる示談金の額は見合っているか リスクを背負うだけの十分な金銭的補償(慰謝料の増額)が提示されているか。
  • 違約金やペナルティの有無と内容 万が一の際の違約金が高額すぎて不合理ではないか。
  • あなた自身の精神的安定にとってどちらが良いか お金を多くもらって一切の関わりを断つ方が良いのか、あるいは誰にも縛られずに事実を胸にしまっておく方が良いのか。

5. ダブルトラブル(妻からの逆請求)への備えとの関係

独身偽装交際において注意しなければならないのが、事実を知った本妻からあなたに対して「不貞行為の慰謝料」を請求されるという「ダブルトラブル」です。

加害者男性が「妻には言わないでくれ」と懇願し、あなたと口外禁止の示談を急ぐ背景には、「自分の不貞が妻にバレて自分が窮地に陥るのを防ぎたい」という意図が強く働いています。

もし、あなたが被害者(騙された側)であり、相手が既婚者であることを知らなかった(過失がない)のであれば、本来は本妻からの慰謝料請求に応じる法的な義務はありません(※最高裁判所の判例法理に基づく)。 しかし、示談の進め方を誤ると、男性側との秘密裏の合意がこじれ、予期せぬトラブルに巻き込まれる危険性があります。

6. まとめ:示談書の条文作成と条件交渉における法的判断

示談書に「相手の妻へ口外しない」という約束を盛り込むか否かは、単に慰謝料の上乗せ金額だけで決めるのではなく、将来的な違約金リスクや法的責任範囲を総合的に見極めて判断する必要があります。

独身偽装交際や貞操権侵害における示談交渉では、男性側の焦りにつけ込んで有利な条件を引き出せる一方で、不適切な条文によって予期せぬペナルティを課されるおそれも潜んでいます。ご自身の正当な権利と精神的平穏を守りつつ安全に和解を成立させるために、男女間トラブルに精通した専門家への相談を視野に入れ、慎重に文面を精査することをお勧めします。

弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、借金問題、既婚者との男女トラブルなど、日常の不測の事態に直面した皆様の心理的なご負担を少しでも和らげ、円満な解決を導くためのサポートを徹底して行っています。どんな小さなお悩みでも、まずは当事務所の事務スタッフがLINEのチャットにて丁寧にお話をお伺いいたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。

TOP