独身と偽って交際・性交渉を迫られた「独身偽装交際(貞操権侵害)」の問題において、加害者側と話し合いの末、慰謝料の支払いに合意することは少なくありません。しかし、一括での支払いが困難であるなどの理由から、示談金を「分割払い」にすることが多々あります。
このとき、単なる口約束や、当事者間だけで作成した示談書(私製文書)のままで済ませてしまうと、「途中から連絡が取れなくなって支払いが止まってしまった」というトラブルに発展しがちです。
今回は、貞操権侵害の示談金回収における「公正証書(強制執行認諾文言付き)」の重要性と具体的なメリットについて解説します。
1. 独身偽装交際・貞操権侵害における示談の注意点
独身であると偽り、結婚を匂わせながら肉体関係を持つ行為は、民法709条の不法行為に該当し、精神的苦痛に対する損害賠償請求(貞操権侵害の慰謝料請求)の対象となります。
多くの場合、示談交渉を経て「慰謝料〇〇万円を支払う」という合意が書面化されますが、ここで問題となるのが「支払いの確実性」です。相手が既婚者である場合、配偶者との間で別の家計をやりくりしていることや、あなたに対して誠実に向き合う姿勢が希薄であるケースも多く、任意の支払いを信用しすぎるのは危険です。
2. なぜ「公正証書(強制執行認諾文言付き)」が必要なのか?
示談書を交わす際、通常の紙の契約書だけでは、相手が支払いを怠ったときに直ちにお金を取り立てることができません。相手が支払いを拒否した場合、以下のような手順を踏む必要があります。
- 裁判所に訴訟を提起する(または支払督促を申し立てる)
- 判決や和解調書などの「債務名義」を取得する
- その上で強制執行の手続きに入る
このプロセスには数ヶ月から半年以上の時間と、弁護士費用や裁判費用などの経済的負担が発生します。
これに対し、公証役場で作成する「執行認諾文言付き公正証書」には、大きな法的な効力があります。
公正証書の主なメリット
- 裁判なしで差し押さえが可能: 「万が一、支払いを怠った場合は、直ちに強制執行に服することを認める」という文言(強制執行認諾文言)を入れておくことで、裁判を起こさずに直接、相手の財産を差し押さえることができます。
- 証拠としての証明力が極めて高い: 公証人という法律の専門家が公文書として作成するため、「そんな約束はしていない」「脅されて書かされた」といった後からの言い逃れを防止できます。
- 心理的なプレッシャーになる: 公正証書を作成する手続きを踏むことで、相手に対して「法的な責任逃れはできない」という強いプレッシャーを与え、支払いのモチベーションを維持させることができます。
3. 強制執行の対象となる財産
公正証書に基づいて差し押さえ(強制執行)ができる主な財産は以下の通りです。
- 給与・賞与: 会社員の場合、勤務先を特定して給与の一部(原則として手取り額の4分の1まで)を毎月差し押さえることができます。職場に連絡がいくため、相手にとって社会的なプレッシャーが非常に大きくなります。
- 預貯金口座: 相手の口座が眠る金融機関(支店名まで特定する必要があります)の預貯金を差し押さえ、未払い分を回収します。
- 動産やその他の債権: 自宅内のめぼしい財産や、第三者に対する売掛金等があれば対象となります。
このように、差し押さえの標的にできる具体的な財産がある場合、公正証書の効果は絶大です。
4. 公正証書作成の流れと専門家のアドバイス
公正証書は、当事者双方が公証役場に出向くか、代理人を立てて作成します。
- 示談条項の合意と文案作成 まずは示談金総額、支払いスケジュール(分割回数・毎月の金額・振込先)、遅延損害金の定め、そして強制執行認諾文言を含む条項を固めます。法的に不備のない正確な文面作成が不可欠です。
- 公証役場への予約・打ち合わせ 管轄の公証役場へ連絡し、必要書類(身分証明書、印鑑登録証明書など)を準備して案文をチェックしてもらいます。
- 公証役場での署名押印 原則として当事者が公証役場に出向き、公正証書に署名・押印します(弁護士等を代理人とする場合は、委任状を用いることで当事者同士が顔を合わせずに進めることも可能です)。
5. まとめ:貞操権侵害の示談金回収を確実にするために
独身偽装交際・貞操権侵害の被害に遭われた方が、精神的な苦痛を乗り越えて相手と示談合意に至ったにもかかわらず、その後の分割払いの不払いに悩まされるケースは後を絶ちません。
「相手を信用したい」というお気持ちも理解できますが、不貞や独身偽装を行うような相手との金銭トラブルにおいては、口頭の約束や通常の私製書面だけでリスクヘッジを完結させるのは危険です。強制執行認諾文言付きの公正証書を作成しておくことで、万が一の未払い発生時にも裁判の手間を省き、スムーズに給与や預貯金の差し押さえ等の強制執行へ移行することが可能になります。示談書の作成や公正証書の文案に不安がある場合は、法的な専門家に相談の上、実効性の高い形で合意を文書化することをおすすめします。