マッチングアプリを利用して結婚を前提に真剣交際していた相手が、実は既婚者だった――。このような独身偽装による貞操権侵害や、その後に相手の配偶者から逆に不貞慰謝料を請求されるというダブルトラブルに巻き込まれるケースが急増しています。
独身偽装を行った加害者に対して損害賠償請求(民法709条に基づく不法行為責任)を行うためには、相手が独身と偽っていた客観的な証拠が不可欠です。しかし、相手が自身の保身のためにマッチングアプリのアカウントを一方的に削除したり、メッセージのやり取りを消去したりして証拠隠滅を図る事例が後を絶ちません。
1. 独身偽装交際における「証拠の消失リスク」
マッチングアプリ上での出会いにおいて、既婚者が独身と偽って交際・性交渉を行う行為は、民法上の貞操権侵害(または不法行為)に該当し得ます。慰謝料請求の法的根拠を固めるためには、以下の証拠が極めて重要となります。
- アプリのプロフィール画面や自己紹介文(独身と偽っている記載)
- アプリ内でのメッセージの履歴(交際の経緯や結婚を匂わせる発言)
- 相手の本名、連絡先、勤務先を特定できる情報
- 肉体関係が存在したことを裏付ける客観的証拠
しかし、相手が既婚者であると発覚した直後や、こちら側が法的措置をにおわせた段階で、相手は証拠隠滅のためにアプリを退会処理したり、アカウントをブロックしたりします。アプリ運営会社が保持しているサーバー上のログデータやメッセージ履歴が消去されてしまうと、後からの立証が極めて困難になります。
2. 個人で「警察に被害届を出す」と運営に伝える限界
「証拠を消されないように、マッチングアプリの運営会社に連絡して『警察に被害届を出すからログを保存してほしい』と伝えれば対応してもらえるか」というご相談をよくいただきます。
結論から申し上げますと、一般の個人ユーザーからの要請に対して、民間のマッチングアプリ運営会社が直ちにログを永久保存したり、任意でデータを開示したりすることはほとんどありません。これには以下のような理由があります。
- プライバシー保護と規約の壁: 運営会社はユーザーのプライバシー保護義務を負っており、捜査機関からの正式な要請(捜査照会等)がない限り、第三者や当事者からの要請のみでデータを勝手に開示・特別保存することはコンプライアンス上困難です。
- 刑事事件との線引き: 独身偽装や不貞行為は基本的に民事上のトラブル(損害賠償請求の対象)であり、直ちに刑事上の「犯罪」として警察が捜査に動くケースは限定的です。そのため、「警察に被害届を出す」という文言だけでは、運営会社側も法的強制力を感じにくいのが実情です。
とはいえ、運営会社に対して「現在トラブルが発生しており、法的措置を予定しているためログの破棄を猶予してほしい」という一報を入れておくこと自体が無意味ではありません。しかし、それだけでは不十分であり、より法的な拘束力を持ったアプローチが必要となります。
3. 弁護士を通じた緊急の証拠保全・照会アプローチ
アプリ運営会社に対して確実かつ迅速にログ(メッセージ履歴、ログイン履歴、登録時のメールアドレスやIPアドレスなど)を保全させるためには、弁護士の名義を用いた法的な照会手続きを行うのが最も効果的です。
独身偽装問題に対処する際は、以下のような法的手続きを検討します。
- 弁護士法第23条に基づく照会(弁護士会照会): 弁護士法第23条の2に基づき、弁護士会を通じてマッチングアプリ運営会社に対し、必要な情報の開示やデータの保全を正式に要請します。運営会社としても、弁護士会からの照会に対しては、正当な理由なくこれを拒絶することはできず、適切なログの保持が行われる可能性が高まります。
- 証拠保全手続(民事訴訟法上の証拠保全): 裁判所に対し、訴訟提起前の証拠保全の申し立てを行います。裁判官がこれを認めると、執行官とともに運営会社のサーバーやデータ管理状況を確認し、証拠が隠滅される前に強制的にデータを保全することが可能となります。
- アカウント削除・ログ破棄の差し止め請求: 相手が自身の端末でアカウントを削除しようとしても、運営会社のサーバー側に残るログや電磁的記録を一時的に凍結・保全させることで、裁判上の有力な証拠を確保できます。
4. ダブルトラブル(不貞慰謝料請求)への発展を防ぐために
独身偽装交際の問題で深刻なのは、単に騙されたという被害だけに留まらない点です。相手の配偶者が現れ、「夫(妻)と不貞関係にあった」として、あなたに対して高額な慰謝料を請求してくるというダブルトラブルに発展するケースが多々あります。
この場合、あなたは「既婚者であるとは知らず、騙されて交際させられていた(過失がない、または貞操権を侵害された被害者である)」ということを立証しなければなりません。相手が独身と偽っていた証拠(アプリの画面、メッセージのやり取りなど)をアプリ運営会社から適切に保全しておくことは、配偶者からの不当な慰謝料請求を退け、逆に相手の独身偽装相手に対して損害賠償を請求するための強力な盾となります。
5. マッチングアプリの証拠保全はスピードが勝負
マッチングアプリの運営会社は、利用規約やプライバシーポリシーに基づき、退会後一定期間を経過したユーザーのログデータを自動的に消去・匿名化することが一般的です。「相手が怪しい」「アカウントを消そうとしている」「すでに連絡が取れなくなった」という段階で、一刻も早く行動を起こさなければ、決定的な証拠が永遠に失われてしまいます。
アプリ運営会社への対応や法的措置に不安がある場合は、証拠が完全に消滅してしまう前に、デジタル証拠の保全や男女トラブルに精通した弁護士へ早めにご相談ください。