職場の既婚男性と「給与差し押さえ特約付き公正証書」で示談する実務

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、貞操権侵害(独身偽装被害)における不法行為責任(民法709条)、裁判例の慰謝料算定基準、および相手の妻からの不貞請求防御実務に基づきわかりやすく解説しています。

Q 独身だと騙されて職場恋愛をした既婚男性から慰謝料を獲得する際、口約束や単なる示談書では「途中で支払われなくなるリスク」が心配です。確実に支払わせるための強力な方法はありますか?
A 給与差し押さえ特約付きの公正証書(執行受諾文言付き公正証書)を締結することが極めて有効です。これにより、相手が支払いを怠った際、裁判を起こさずに給与等の財産を直接差し押さえる強制執行の手続きが可能になります。

職場での出会いをきっかけに、相手が既婚者であることを隠されて交際・性交渉を強いられた場合、被害者は貞操権侵害や不法行為(民法709条)を理由に損害賠償を請求することができます。

しかし、口頭の約束や通常の私家版示談書だけでは、最初は分割払いに応じても、途中から連絡が取れなくなるケースが後を絶ちません。特に相手が職場の同僚や上司である場合、会社に知られたくないという弱みにつけ込まれることもあります。

本記事では、職場の既婚男性と確実に慰謝料の示談を成立させるための「給与差し押さえ特約付き公正証書」の実務について詳しく解説します。

1. なぜ「公正証書」と「給与差し押さえ特約」が必要なのか

既婚者と知らずに交際させられた問題(独身偽装)において、高額な慰謝料が合意できたとしても、一括払いが難しいケースは少なくありません。分割払いを選択する場合、最大のリスクは「途中で不払いが発生すること」です。

一般的な示談書を交わしただけでは、相手が支払いをストップした際に、直ちに財産を差し押さえることはできません。まずは裁判を起こし、勝訴判決を得るか、裁判上の和解をする必要があります。これには時間と精神的負担が伴います。

そこで活用するのが、公証役場で作成する「執行受諾文言付き公正証書」です。

強制執行認諾文言の効力

公正証書の中に「債務者は、本契約に基づく金銭債務の履行を怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨を陳述した」という文言(強制執行認諾文言)を記載することで、裁判を経ずに、相手の財産(給与や預貯金など)を直接差し押さえる権利(債務名義)を得ることができます。

2. 勤務先の給与を差し押さえる実務の仕組み

相手が会社員である場合、最も確実で効果的な回収手段が給与の差し押さえです。

民事執行法により、給与などの継続的債権を差し押さえる場合、原則として手取り額の4分の1(給与が非常に高額な場合は一定の制限あり)を上限として、債務者が会社から給与を受け取る前に直接回収することが認められています。

社内示談における公正証書のメリット・デメリット

相手が職場に秘密にしたいと強く望んでいる場合、給与差し押さえ特約付き公正証書はその強力なプレッシャーとなります。

  • メリット: 「支払いが滞った場合は、直ちに勤務先への給与差し押さえの手続きを取る」という特約を盛り込むことで、相手側に心理的な強い圧力をかけ、確実な支払いを担保できる。
  • デメリット: 実際に支払いが滞り、本当に給与差し押さえの強制執行を行う段階に至った場合、勤務先(人事部や経理部)に強制執行の通知が届くため、結果的に職場にトラブルが発覚するリスクがある。

もっとも、このリスクを一番恐れているのは相手男性自身です。そのため、「公正証書に給与差し押さえ特約を入れること」自体が、最大の抑止力となり、毎月確実に支払わせるための切り札となります。

3. 公正証書作成に向けた実務の流れ

公証役場で執行受諾文言付きの公正証書を作成するためには、以下のステップを踏む必要があります。

  1. 示談内容の合意と示談書のドラフト作成 慰謝料の総額、分割払いの金額、支払期日、振込先口座、そして「給与差し押さえ特約(強制執行認諾文言)」を含む条項を事前に作成します。

  2. 公証人との事前協議 管轄の公証役場に対し、作成したドラフトを提出し、法的な不備がないか確認を受けます。

  3. 公証役場への出頭と署名・押印 原則として当事者双方が公証役場に出向き、公正証書に署名・押印します(代理人弁護士を立てることで、相手と顔を合わせずに手続きを進めることも可能です)。

  4. 公正証書の正本・謄本の受領 強制執行の申し立てに必要な「執行文」が付与された正本を受領し、厳重に保管します。

4. 独身偽装・貞操権侵害における注意点とダブルトラブルへの備え

独身偽装の被害に遭われた方が慰謝料を請求する際、同時に注意しなければならないのが、相手の妻からの逆請求(ダブルトラブル)です。

相手の男性が「妻とは離婚秒読みだ」「独身だと偽っていたのは相手の女性(被害者)の方だ」などと保身のために虚偽の主張をし、結果として正当な権利行使であるにもかかわらず、妻側から不貞慰謝料を請求されるという二次被害が発生することがあります。

このような複雑な状況下で、相手男性と個別に曖昧な示談交渉を行うと、後から不利な証拠を作られてしまう危険性があります。独身偽装交際・貞操権侵害における法的に有効な証拠の精査や、相手男性からの確実な回収を実現する公正証書作成の準備、さらには配偶者からの不当な請求に対する防御策をあらかじめ講じておくことが重要です。

5. まとめ:確実な慰謝料回収を実現するために

職場の既婚男性による独身偽装交際は、精神的なダメージが大きいだけでなく、その後の金銭的解決においても巧妙なごまかしが行われやすい問題です。

「口頭での約束」や「手探りの示談書」では、いつの間にか連絡が途絶え、泣き寝入りせざるを得なくなるリスクがあります。給与差し押さえ特約付きの公正証書を活用することは、相手に言い逃れを許さず、合意された慰謝料を確実に回収するための極めて実効性の高い手段です。

二次被害や不払いリスクを防ぎ、自身の権利を法的に守り抜くためにも、慎重かつ計画的に示談手続きを進めていきましょう。

弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、借金問題、既婚者との男女トラブルなど、日常の不測の事態に直面した皆様の心理的なご負担を少しでも和らげ、円満な解決を導くためのサポートを徹底して行っています。どんな小さなお悩みでも、まずは当事務所の事務スタッフがLINEのチャットにて丁寧にお話をお伺いいたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。

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