独身といつわられて交際を続けられ、心身の不調から仕事を休まざるを得なくなった場合、被害を受けた方は大きな経済的・精神的打撃を被ります。こうした「独身偽装交際」や「貞操権侵害」に伴う不法行為(民法709条)において、休職せざるを得なくなった期間の収入減をどのように補填すべきかは、非常に重要な問題です。
本記事では、健康保険から支給される「傷病手当金」と、加害者側へ請求する「休業損害」の関係性や、実務上の損益調整について詳しく解説します。
独身偽装交際と貞操権侵害における休業損害の考え方
既婚者が独身であると偽って肉体関係を伴う交際を継続する行為は、相手の自由な意思決定権や貞操権を侵害する違法な行為(不法行為)に該当します。この不法行為によって精神疾患(適応障害やうつ病など)を発症し、治療のために仕事を休職せざるを得なくなった場合、その休業によって失った収入(給与など)は、加害者の不法行為と因果関係のある損害(休業損害)として請求の対象となります。
被害者が自らの生活を守るために社会保障制度を利用することは当然の権利ですが、加害者が支払うべき賠償金との間でどのような調整が行われるのかを正確に理解しておく必要があります。
傷病手当金と休業損害の「損益相殺」とは
会社員や公務員などが加入する健康保険から支給される「傷病手当金」は、業務外の事由による療養のために労務に服することができなくなった場合、被保険者の生活保障を目的として支給されるものです。
ここで問題となるのが、加害者に対する損害賠償請求との関係です。最高裁判所の判例実務などにおいて、同一の経済的損失に対して異なる制度や第三者から金銭が給付された場合、被害者が二重に利益を得ること(二重取り)を防ぐため、一定の調整(損益相殺や控除)が行われるのが原則です。
調整の基本的な仕組み
- 休業損害の全額請求: 加害者に対しては、休業によって失った給与相当額(休業損害)の全額を請求します。
- 損害賠償額からの控除: すでに受給した(または受給することが確実な)傷病手当金の額は、裁判実務上、損害賠償額から控除される(差し引かれる)のが一般的です。
傷病手当金と休業損害に「差額」が生じるケースと請求
「傷病手当金が支給されるなら、加害者へ休業損害を請求しても意味がないのではないか」と疑問に思われる方もいらっしゃいますが、決してそのようなことはありません。多くの場合、以下の理由から差額が発生するため、加害者への請求に実益があります。
1. 支給額の算出方法の違い
傷病手当金は、直近の継続した期間の標準報酬月額をベースに算出されるため、実際の給与額(手取りやボーナス等を含む本来の経済的損失)を下回ることが少なくありません。加害者に請求できる休業損害の範囲(現実の収入減)のほうが大きい場合、その差額分を加害者に請求することができます。
2. 賞与(ボーナス)カット分の請求
長期の休職に伴い、夏期・冬期の賞与(ボーナス)が減額または不支給となった場合、傷病手当金だけでは十分にカバーしきれない損失が発生します。この賞与減額分についても、不法行為と因果関係のある休業損害として加害者に請求を試みます。
保険者(健康保険組合等)の「代位」に関する注意点
健康保険法などの規定により、被害者が第三者(加害者)から損害賠償を受けた場合、保険者はその賠償額の限度において、傷病手当金の支給を行う責めを免れ、またはすでに支給した給付の価額の限度において被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権を取得(代位)するとされています。
実務上は、加害者側との示談交渉や裁判の過程において、社会保障給付と損害賠償金のバランスを正確に整理しながら、二重返還請求などのトラブルが起きないように慎重に計算書を作成する必要があります。
まとめ:傷病手当金と休業損害の適正な処理に向けて
独身偽装交際や貞操権侵害を原因とする休職においては、健康保険の傷病手当金受給と加害者への休業損害請求が複雑に絡み合います。法律上、二重取りは認められないものの、傷病手当金では補填しきれない差額や賞与減額分を適切に主張・立証することで、経済的な不利益を最小限に抑えることが可能です。不法行為による精神的苦痛や収入減にお悩みの方は、損益相殺の計算や保険者代位のルールを踏まえた上で、法的根拠に基づいた適正な賠償請求を行いましょう。