不貞慰謝料や独身偽装交際(貞操権侵害)の損害賠償請求において、勝訴判決や和解調書を得た後、いざ強制執行(差押え)をかけた矢先に相手が勤務先を退職してしまうケースがあります。
「勤務先を辞めて手取りがなくなったから、もうお金は取れないのだろうか」と不安になる方も多いでしょう。しかし、法律上、債務者(加害者)が退職しただけで借金や損害賠償義務が消えるわけではありません。
本記事では、加害者男性が退職して給与差押えが不調に終わった場合の「再差押え」と債権回収の法的アプローチについて詳しく解説します。
1. 勤務先を退職した際に狙うべき「退職金」の差押え
加害者男性が会社を退職した際、まず検討すべきなのが「退職金」に対する債権差押命令です。
退職金も賃金の一部であり、差し押さえることが可能です。ただし、退職金には特有のルールやタイムリミットが存在します。
退職金差押えのポイント
- 退職金は高額になるケースが多く、一括回収の大きなチャンスとなります。
- 民事執行法により、退職金の支給額のうち原則として4分の3に相当する部分は差押えが禁止されており、差し押さえられるのは4分の1までとなります(※養育費等を除く一般の金銭債権の場合)。
- 退職金の支払期日(退職日や規定の支給日)を正確に把握し、そのタイミングに合わせて裁判所に差押命令を申し立てる必要があります。
2. 転職先を突き止めて「給与の再差押え」を実行する手順
退職した男性が、すぐに別の会社へ転職するケースも少なくありません。前職での給与差押えが途絶えても、新しい勤務先を特定できれば、再び給与の差押え(再差押え)を行うことができます。
新勤務先を特定するためのアプローチ
- 財産開示手続の活用 裁判所を通じて、債務者本人に出頭を求め、所有する財産や勤務先について陳述させる手続です。正当な理由なく出頭を拒否した場合は刑事罰の対象となるため、プレッシャーを与えつつ新勤務先を聞き出す有力な手段となります。
- 第三者からの情報取得手続 令和2年施行の改正民事執行法により導入された手続です。市区町村や日本年金機構などの公的機関、あるいは銀行等の金融機関に対し、債務者の勤務先や預貯金口座に関する情報の提供を求むことができます。特に日本年金機構(社会保険記録)への照会を行えば、現在の勤務先(社会保険の加入状況)を法的に特定することが可能です。
新しい勤務先が判明すれば、再度「債権差押命令」を申し立て、給与からの差し引き回収を再開させます。
3. 独立・自営業化した場合や預貯金口座への再差押え
加害者男性が会社員ではなく、フリーランスとして独立したり、個人事業主になったりした場合や、新たな勤務先が分からない場合でも、回収を諦める必要はありません。
銀行口座(預貯金)への差押え
勤務先が変わっても、日常的に使用している個人の銀行口座(普通預金など)が判明していれば、その口座に対して差押えをかけることができます。
- 過去に給与の振込口座として使われていた口座や、利用している可能性が高い金融機関を特定して差押えます。
- 預貯金口座の差押えは、給与のように「将来分を継続して差し押さえる」ことはできず、差押命令が銀行に送達された時点の残高のみが対象となります。そのため、口座にお金が入るタイミングを見計らうか、複数行に対して同時に申し立てるなどの工夫が求められます。
4. 悪質な財産隠し・逃亡を防ぐための注意点
加害者男性の中には、差し押さえを逃れるためにわざと会社を辞めたり、給与の振込先を親族名義の口座に変更したりするケースが見られます。こうした悪質な逃亡に対しては、法的な対抗措置を素早く講じることが重要です。
- 迅速な証拠保全と強制執行のスピード 判決や和解が成立したら、猶予を与えずに速やかに財産調査と差押えに着手することが、相手に隠し財産の時間を与えない最大の防御となります。
- 専門家による法的サポート 個人で相手の転職先や財産を追跡するには限界があります。各種執行手続を駆使することで、実効性の高い債権回収が可能になります。
まとめ:諦めずに法的手段の継続を
「会社を辞められたからもう取れない」と泣き寝入りしてしまう方がいらっしゃいますが、債権(慰謝料請求権)の消滅時効が成立していない限り、回収のチャンスは残されています。
給与差押えが不調に終わった場合でも、退職金の差押え、日本年金機構等からの情報取得手続、銀行口座への強制執行など、状況に応じた別の法的アプローチに切り替えることで、債権回収を成功させられる可能性は十分にあります。相手の逃亡や退職にお悩みの方は、早めに専門家へ相談し、実効性の高い次の手立てを講じましょう。