相談者様の中には、相手から「破産するぞ」と脅されたり、実際に破産申立ての準備をちらつかされたりして、泣き寝入りを余儀なくされる方が少なくありません。しかし、法律の仕組みを正しく理解すれば、相手のその主張が必ずしも通用しないことが分かります。
本記事では、加害者が「自己破産」を持ち出して慰謝料の支払いを免れようとする手口に対する法的アプローチについて、詳しく解説します。
1. 自己破産をすれば本当にすべての借金・慰謝料は消えるのか?
日本の破産法では、経済的に破綻した人が人生を再スタートできるよう、原則としてすべての債務の支払いを免除する「免責」という制度が用意されています。
しかし、社会的な正義や被害者救済の観点から、どのような債務であっても免責されるわけではないと法律で厳格に定められています。これが破産法に定められた「非免責債権(ひめんせきさいけん)」です。
非免責債権の主なもの
- 租税等の請求権
- 故意または重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権
- 悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
この「悪意で加えた不法行為」に該当するかどうかが、独身偽装交際や不貞慰謝料の回収における最大の分かれ道となります。
2. 独身偽装や不貞行為の慰謝料は「悪意の不法行為」になるのか?
法律用語としての「悪意」とは、単なる「知っていた(故意)」という意味をはるかに超え、「積極的に被害者に害を加える意思」「害意・加害の意図」を指すと解釈されるのが一般的です。
そのため、単なる不倫(不貞行為)であっても、ケースバイケースで直ちに「悪意の不法行為」と認定されない場合もあります。しかし、以下のような悪質な要素が絡む独身偽装交際(貞操権侵害)においては、悪意の不法行為に該当する可能性が極めて高くなります。
悪意(加害意思)が認められやすい独身偽装の典型例
- 既婚者であることを隠し通すために巧妙な偽装工作(偽の独身証明や架空の独身アピール)を長期間続けた
- 相手が結婚を強く希望していることを知りながら、結婚する意思が全くないのに肉体関係および精神的支配を継続した
- 妊娠・中絶といった重大な人生の転換点においても嘘をつき続け、相手の心身に取り返しのつかない深い傷を負わせた
このようなケースでは、相手の行為は単なる過失や突発的な不貞ではなく、「騙して精神的・肉体的に搾取してやろう」という悪質な加害意思(悪意)に基づくものと評価されやすく、裁判所や破産管財人によって非免責債権と判断される余地が十分にあります。
3. 相手が本当に自己破産の手続きを始めた場合の対処法
もし相手が実際に弁護士を代理人に立てて自己破産の手続きを開始したとしても、被害者であるあなたが取るべき正しいステップを踏めば、債権を守り、権利行使を続けることが可能です。
ここでは、実務上の具体的な対処法を解説します。
① 弁護士に依頼して「破産債権者」としての適切な届出を行う
破産手続きが始まると、裁判所から破産手続開始の通知が届きます。この際、無視をして放置するのではなく、自身の有する慰謝料請求権を「破産債権」として適切に届け出なければなりません。 この初期対応を誤ると、配当を受け取る権利すら失う恐れがあります。
② 「非免責債権」である旨を主張する
破産手続きの過程、あるいは破産手続終了後において、その慰謝料が「悪意の不法行為に基づく損害賠償請求権(非免責債権)」に該当することを、証拠を添えて裁判所や破産管財人、あるいは相手方代理人に対して主張します。 独身偽装の証拠(メッセージ履歴、誓約書、診断書など)を整理し、相手の加害性を論理的に立証することが重要です。
③ 給与や財産の差し押さえ・交渉の継続
仮に相手が破産手続を進めていても、非免責債権であることが確定すれば、破産免責決定の効力は及びません。したがって、破産手続きが終わった後であっても、財産の差し押さえ(強制執行)などの法的手段を用いて、引き続き慰謝料の回収を追求することが可能となります。
4. 「破産する」という言葉を脅し文句にする加害者の心理
多くのケースにおいて、加害者が口にする「自己破産するから払えない」という言葉は、本気で破産手続きの準備をしているというよりも、高額な慰謝料請求から逃れるための「心理的脅し(ハラスメント)」であることが少なくありません。
実際に自己破産をするには、裁判所に納める予納金や弁護士費用など数十万円単位のまとまった現金が必要であり、官報に名前が載る社会的デメリットや、一定の財産(マイホームや車など)を失うペナルティを伴います。そのため、少しでも支払いを免れたいために、安易に「破産」という言葉を口にする加害者が後を絶ちません。
このような相手のハッタリに屈してしまうと、本来得られるはずだった正当な賠償金を失うことになってしまいます。
5. まとめ:相手のハッタリに惑わされず冷静な法的対応を
相手が「自己破産する」と主張してきたとしても、独身偽装や悪質な不貞行為による慰謝料請求権は、法律上の「悪意の不法行為に基づく損害賠償請求権(非免責債権)」に該当する可能性が十分にあります。破産という言葉に怯えて泣き寝入りする必要は一切ありません。
正確な証拠を揃えて適切な債権者としての主張を行い、必要に応じて法的手続きを活用することで、正当な慰謝料を守り抜くことは可能です。一人で抱え込まず、弁護士などの専門家に相談して確実な一歩を踏み出しましょう。