「自分は単身赴任中で、週末は仕事や会社の付き合いがある」「出張が多くて連絡がつきにくい時間帯がある」――。このように言われて交際を続け、後になって相手が既婚者であったことが発覚するケースは少なくありません。
独身と偽って交際や性交渉を行う行為は、性的な自己決定権や貞操権を侵害する不法行為(民法709条)に該当します。しかし、被害を受けた側が相手に対して損害賠償請求を行う際、「相手が既婚者であることについて、知らなかったこと(善意)に過失がないか」が大きな争点となります。
1. 独身偽装交際における「過失」の法律上の位置づけ
不法行為に基づく損害賠償請求において、加害者が既婚者であることを知らなかった(善意である)としても、「知らなかったことについて過失(注意義務違反)がある」と判断された場合、慰謝料請求が一部減額されたり、請求自体が困難になることがあります。
裁判実務において、「過失」とは、一般人が置かれた状況下において、少し注意を払えば相手が既婚者であることに気づけたはずなのに、それを怠った状態を指します。
裁判所がチェックする総合的な要素
裁判所は、単に「週末に会えなかった」という事実だけでなく、以下の要素を総合的に考慮して過失の有無を判断します。
- 交際のきっかけや出会った場所(マッチングアプリ、職場、知人の紹介など)
- 相手から提示された身分証明書の有無やその内容
- 会うことができる曜日や時間帯の制限
- 自宅に招かれたことがあるか、または相手の自宅を知っているか
- 連絡ツールや連絡が取れない時間帯の不自然さ
2. 「単身赴任・出張」の言い訳が通用するボーダーライン
「単身赴任だから土日は会社の寮や別の部屋にいる」「出張が多いので連絡が遅れる」という言い訳は、ビジネスパーソンによくあるライフスタイルであるため、当初は疑いにくいのが実情です。しかし、この言い訳をどこまで信用してよいかには明確な法的ボーダーラインが存在します。
過失あり(既婚を疑うべきだった)と判断されやすいケース
以下のような状況が重なっている場合、裁判所は「少し注意すれば既婚者であると気づけたはずである(過失あり)」と判断する傾向が強くなります。
- 連絡が完全に制限されている:平日の夜間や休日に一切連絡が取れず、こちらからの連絡は常に「既読」や返信が極端に遅い。
- 自宅やプライベートな空間を絶対に教えてくれない:「単身赴任先だから」「散らかっているから」という理由で、自宅に一度も招かれないだけでなく、住所すら教えてもらえない。
- イベント時の不自然さ:クリスマス、年末年始、お盆などの大型連休や記念日に、必ずと言っていいほど「仕事」や「実家の用事」を理由に会うことができない。
- 身分証明書の確認不足:運転免許証や保険証などの公的な身分証明書を確認する機会が一度もなかったにもかかわらず、相手の言葉を全面的に信用していた。
過失なし(信じるのもやむを得なかった)と判断されうるケース
一方で、以下のように巧妙に偽装されていた場合は、被害者側の過失が否定される、あるいは非常に軽く見なされることがあります。
- 相手が偽造された独身証明書や、巧妙に加工された身分証を提示していた場合。
- 会社の同僚や友人複数人を含めて紹介され、周囲も全員「独身」と思い込んでいた場合。
- 単身赴任先と称する自宅に実際に招かれ、生活感(一人暮らし用の家具や家電など)が完璧に演出されていた場合。
3. 相手の配偶者からの「逆請求(ダブルトラブル)」への注意
単身赴任や出張を口実にした独身偽装交際では、もう一つの重大な法的リスクが存在します。それが、相手の配偶者からの不貞慰謝料請求(いわゆるダブルトラブル)です。
被害者側は「自分も騙された被害者である(貞操権侵害の被害)」と主張したいところですが、もし交際相手が既婚者であると途中から薄々気づいていたにもかかわらず関係を継続していた場合、相手の配偶者に対して共同不法行為者としての損害賠償義務を負う可能性があります。
4. 独身偽装・貞操権侵害で泣き寝入りしないための対策
もし、単身赴任や出張を理由に交際相手の不審な点に気づき、それが既婚者による偽装であることが判明した場合は、冷静かつ迅速な法的対応が求められます。
① 証拠の保全
相手とのLINEやメールのやり取り、SNSのメッセージ、デートのスケジュール、支払いの記録(領収書など)、相手から言われた「単身赴任」「出張」に関する具体的な発言のメモなどをすべて保存・記録してください。これらは貞操権侵害の立証において決定的な証拠となります。
② 早期の法的相談
ご自身が受けた精神的苦痛に対して損害賠償(慰謝料)を請求するためには、内容証明郵便の送付や示談交渉、場合によっては訴訟手続きが必要となります。また、配偶者からの不当な請求が予測される場合は、法的な視点から正確な状況証拠を整理し、専門家を交えて防御の態勢を整えることが重要です。独身偽装による精神的損害や不貞トラブルに直面した際は、一人で抱え込まずに早期の段階で法的専門家へ相談することをおすすめします。