独身と偽って交際し、さらに結婚の約束(婚約)まで交わした相手が既婚者であったと判明したとき、被害者が受ける精神的衝撃は計り知れません。裏切られた絶望感から、夜も眠れなくなったり、会社に出社できなくなったりして、心療内科や精神科へ駆け込む方が多くいらっしゃいます。
1. 独身偽装と婚約破棄における「精神科の診断書」の法的意義
民法709条は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者に、損害賠償責任を定めています。独身と偽って婚姻関係を結ぶ前提の交際をすることは、相手の「貞操権」や「婚姻関係を選択する自由」を著しく侵害する不法行為にあたります。
精神的損害の「可視化」としての診断書
裁判実務や示談交渉において、精神的苦痛の有無や程度は、目に見えないものであるため立証が難しいとされがちです。しかし、専門医によって「適応障害」や「うつ病」と診断され、診断書が発行されることは、その苦痛が医学的にも裏付けられた重大なものであるという強力な客観的証拠になります。
- 相手の嘘が発覚したショックによる精神的ダメージの大きさを示す
- 被害者が被った損害の深刻さを加害者や裁判所に伝えるための決定的な資料となる
- 慰謝料の金額を算定する上での重要な増額要素として機能する
2. 診断書があることで請求できる損害の範囲
精神科・心療内科への通院と診断書がある場合、単なる慰謝料請求にとどまらず、以下のような金銭的損害(経済的損害)も法的に請求できる可能性が広がります。
① 治療費(通院費)
心療内科での初診料、再診料、カウンセリング費用、および処方された抗不安薬や睡眠導入剤などの薬剤費は、不法行為と相当因果関係のある損害として相手に請求できます。通院にかかった交通費(タクシー代や電車賃)も同様です。
② 休業損害
重度の適応障害やうつ病により、会社を休職せざるを得なくなったり、退職に追い込まれたりした場合、その期間の収入減少分(休業損害)を請求できるケースがあります。給与明細や源泉徴収票、医師が作成した「就業制限(休業が必要)の意見書」などが証拠となります。
③ 慰謝料の増額事由
精神疾患を発症し、日常生活や社会生活に著しい支障をきたしたという事実は、慰謝料の額を大きく引き上げる要因となります。通常の不貞慰謝料や貞操権侵害の相場と比較して、高額な慰謝料が認められるケースが多いのが特徴です。
3. 精神科に通院する際の重要なポイント
法的責任を追及するにあたり、精神科・心療内科を受診する際にはいくつかの実務上の留意点があります。
- 早期の受診と正確な症状の伝達: 症状を我慢せず、精神的ショックを受けた時期や、不眠・食欲不振などの具体的な症状を医師に正確に伝えてください。
- カルテや領収書の保管: 通院時の領収書、診療明細書、薬局の領収書は、損害額を証明するためにすべて大切に保管しておきましょう。
- 医師への事情説明: 「既婚者に騙されて婚約破棄されたことによるストレス」であることを医師に伝えておくと、診断書の病名や所見にその経緯が反映されやすくなります。
4. 悪質な「ダブルトラブル」に巻き込まれないための注意点
既婚者による独身偽装交際において注意すべきなのは、相手の配偶者から「あなたも既婚者と知っていて交際していたのだろう」として、逆に不貞慰謝料を請求されるという「ダブルトラブル」です。
被害者であるにもかかわらず、相手の配偶者から攻撃を受ける二重の苦しみに直面する方も少なくありません。このような状況下で心身のバランスを崩し、精神科に通院しているという事実は、「自分自身も騙された被害者であり、加害目的など一切なかった」という主観的要件の裏付けにもなり得ます。
相手の配偶者との交渉や、騙していた既婚者本人への損害賠償請求を有利に進めるためには、ご自身一人で対応せず、専門的な法的知識を持つ弁護士のサポートを受けることが極めて有効です。
まとめ:一人で抱え込まず、法的支援と医療ケアを
独身偽装や婚約破棄によって心身の健康を害し、精神科や心療内科への通院を余儀なくされた場合、その診断書は慰謝料の増額や治療費・休業損害の請求において決定的な証拠となります。泣き寝入りせず適切な医療ケアを受けつつ、証拠をしっかりと残した上で、法的責任を追及していくことが重要です。