独身偽装発覚後の精神的ショックで「適応障害・PTSD」を発症した場合

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、貞操権侵害(独身偽装被害)における不法行為責任(民法709条)、裁判例の慰謝料算定基準、および相手の妻からの不貞請求防御実務に基づきわかりやすく解説しています。

Q 独身と偽って交際していた相手が既婚者だと発覚し、ショックで適応障害と診断されました。精神科の診断書は慰謝料請求で有利な証拠になりますか?
A はい、適応障害やPTSDなどの精神疾患に関する診断書は、精神的損害の大きさを証明する重要な証拠となります。ただし、法的請求においては「独身偽装(貞操権侵害)という加害行為によってその疾患が引き起こされたこと(相当因果関係)」を論理的に立証することが不可欠です。

「結婚を前提に」と言われて交際を重ねていた相手が、実は既婚者だった――。このような独身偽装交際(貞操権侵害)が発覚したとき、被害者が受ける精神的ショックは計り知れません。

あまりの裏切りに、夜も眠れなくなったり、出社できなくなったりして、心療内科や精神科で「適応障害」や「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と診断されるケースは少なくありません。

この記事では、精神科診断書が持つ法的証拠としての価値や、高額な慰謝料請求を目指す上で極めて重要な「相当因果関係」の立証方法について詳しく解説します。

1. 独身偽装(貞操権侵害)における精神的損害と診断書

民法709条に基づく不法行為において、精神的苦痛に対する賠償(慰謝料)を請求する場合、その被害の深刻さは重要な要素となります。

独身を装って性的関係や長期の交際を強いる行為は、性的な自己決定権や貞操権を侵害する違法な行為です。単なる失恋とは異なり、人生設計を根本から狂わされるほどの深刻な精神的打撃を伴います。

精神科診断書が持つ証拠としての意義

医療機関(心療内科・精神科)が発行する診断書は、客観的にどのような精神症状を発症しているかを証明する公的な資料です。

  • 被害の深刻さの裏付け:単に「つらい」「悲しい」という主観的な主張だけでなく、医学的な病名(適応障害、うつ状態、PTSDなど)がついていることで、被った精神的損害の大きさが裁判所や相手方代理人に伝わりやすくなります。
  • 治療の必要性と期間:通院が必要であることや、どれほどの期間治療を要見込みであるかが記載されるため、損害賠償額の算定における重要な判断材料になります。

2. 慰謝料請求で勝負を分ける「相当因果関係」の立証

診断書を取得すれば自動的に高額な慰謝料が認められるわけではありません。法的な損害賠償請求において最も厳しく見られるのが、「独身偽装という加害行為」と「適応障害等の発症」の間の因果関係(相当因果関係)です。

相手方やその弁護士は、次のような反論をしてくることがあります。

  • 「元々、相談者様は仕事やプライベートで別のストレスを抱えており、本件とは無関係である」
  • 「診断書が出ているが、交際終了のショックによる一時的なものであり、病的なレベルの損害とは言えない」

これらの反論を退け、因果関係を認めさせるためには、以下のような客観的事実を時系列で整理し、立証していく必要があります。

因果関係を補強するためのポイント

  • 発症時期の近接性:既婚であることが発覚した時期と、精神科を受診して適応障害と診断された時期が極めて密接していること。
  • 症状の具体性:カルテや診断書の記載において、不眠、食欲不振、動悸、フラッシュバックといった症状が、まさに「相手の裏切りや虚偽の発覚」を契機として生じていることが明記されていること。
  • 他のストレス要因の排除:他に精神疾患を引き起こすような大きなライフイベント(近親者の不幸、仕事上の重大なトラブルなど)がその時期に存在しないこと。

3. 診断書の記載内容と医療機関受診の注意点

慰謝料請求を有利に進めるために、精神科の診断書や受診の際に留意すべき実務上のポイントを解説します。

医師への正確な病状伝達

受診の際は、医師に対して「いつ、どのような経緯で既婚者であることが発覚したか」「それによってどのような精神的・身体的症状が出ているか」を正確に伝えてください。 医師がカルテに「既婚者と知らされずに交際し、裏切られたことによる適応障害」といった因果関係の背景を記録に残してくれることが、後々の示談交渉や訴訟において非常に強力な武器となります。

通院実績と客観的証拠の保存

診断書だけでなく、以下の証拠も併せて保全しておくことが重要です。

  • 処方箋や薬袋:抗不安薬や睡眠導入剤などが処方されている場合、その実態が治療の必要性を示します。
  • 医療費の領収書・明細書:治療にかかった実費は、損害賠償請求の対象(治療費等)に含めることができます。
  • 日記やメモ:日々の体調の変化や、フラッシュバックに苦しむ様子を記録した日記も、発症の深刻さを裏付ける補助資料となります。

4. 悪質な「ダブルトラブル」に巻き込まれた場合の注意点

独身偽装交際をめぐっては、もう一つの重大なリスクが存在します。それは、「騙されていた側(被害者)」が、既婚者の本当の配偶者から「夫(妻)を奪った不貞相手」として逆に慰謝料を請求されるというダブルトラブルです。

被害者自身が「相手が既婚者であることを全く知らず、独身だと信じ込まされていた(善意無過失)」場合、不貞行為の故意や過失がないため、本来であれば配偶者に対する不貞慰謝料の支払い義務は負いません。

しかし、配偶者側から高圧的な請求や内容証明郵便が届いたことで精神的ストレスがさらに悪化し、適応障害やPTSDの症状が重篤化するケースが後を絶ちません。

このような状況下でご自身一人で対応しようとすると、相手のペースに巻き込まれ、不利な発言をしてしまう危険性があります。精神的な疾患を抱えながらの交渉は困難を伴うため、早い段階で法的な専門知識を持つ弁護士などの専門家に相談することが賢明です。

5. まとめ:心身の健康を取り戻し、適正な賠償を求めるために

独身偽装交際によって適応障害やPTSDを発症させられた場合、それは個人の我慢や失恋の範疇を超えた重大な不法行為(貞操権侵害)の結果です。

精神科の診断書は被害の大きさを物語る強力な客観証拠となりますが、それを法的な損害賠償に直結させるためには、加害行為との間に「相当因果関係」が存在することを論理的に立証しなければなりません。また、既婚者側の配偶者からの不当な逆請求といった二次被害に直面するリスクも考慮する必要があります。

心身に大きな負担を抱えた状態で相手方と直接交渉を行うことは困難を伴うため、法的な専門家のサポートを得ながら、適正な慰謝料請求と心の回復を目指すことが重要です。

弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、借金問題、既婚者との男女トラブルなど、日常の不測の事態に直面した皆様の心理的なご負担を少しでも和らげ、円満な解決を導くためのサポートを徹底して行っています。どんな小さなお悩みでも、まずは当事務所の事務スタッフがLINEのチャットにて丁寧にお話をお伺いいたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。

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