求償権の行使・ダブル不倫

示談書作成時に「求償権放棄特約」を安易に入れてはいけない決定的な理由

大阪弁護士会所属 弁護士 井上正人 監修

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 弁護士法人 夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、民法第709条(不法行為)、第719条(共同不法行為)、第770条(離婚原因)の規定および多数の不倫・浮気慰謝料請求・減額交渉の実務実績に基づきわかりやすく解説しています。

Q 不倫の示談書にある「求償権放棄特約」にサインすると、どのようなリスクがあり、なぜ安易に同意してはいけないのですか?
A 【法的リスクと不利益】求償権を放棄すると、不倫相手から支払われた、あるいは相手に支払った慰謝料のうち、本来は相手が負担すべき自身の持ち分(通常は2分の1)を取り戻せなくなり、結果として自分だけが全額の経済的負担を背負うことになります。
【弁護士による対策とアドバイス】十分な減額や有利な条件を引き出せないままこの特約に合意するのは極めて危険です。示談書に署名する前に、求償権の放棄が自分にとって有利か不利かを正確に見極めるため、不倫問題に強い弁護士へ事前に相談することをおすすめします。

不倫・浮気問題の解決に向けた示談交渉において、当事者間や弁護士を交えて作成される示談書。その中に「求償権(きゅうしょうけん)の放棄」という条項が含まれているケースが非常に多く見られます。

相手から提示された示談書に「互いに求償権を行使しない」という一文があり、内容を深く理解しないままサインしてしまう人は少なくありません。しかし、この求償権放棄の特約を安易に受け入れることは、法的および経済的に極めて大きなリスクを伴います。

本記事では、求償権放棄特約が持つ危険性の正体と、損をしないための具体的な対策について、夕陽ヶ丘法律事務所の弁護士が詳しく解説します。

求償権とは何か? 不倫問題における基本的な仕組み

求償権とは、複数の人間が共同して負った債務(連帯債務)について、そのうちの1人が自分の負担部分を超えて支払った場合に、他の債務者に対して「自分が多く払った分を返してほしい」と請求できる権利のことです。

不倫・浮気は、配偶者と不倫相手という「2人の共同不法行為」によって成り立ちます。法律上、被害を受けた配偶者に対しては、不倫をした2人が連帯して全額の慰謝料を支払う義務を負います。

  • 慰謝料総額が200万円と決まった場合、原則として不倫をした2人はそれぞれ100万円ずつの負担(内部的な負担割合)を背負います。
  • もし不倫相手が被害者に対して全額の200万円を支払った場合、不倫相手は「本来あなたの負担分である100万円を私が代わりに払ったのだから返しなさい」と、あなたの配偶者に対して求償権を行使することができます。

このように、求償権は「最終的な負担の公平を図るための正当な権利」です。

なぜ求償権放棄特約を安易に入れてはいけないのか(3つの理由)

示談書に「求償権を放棄する」という文言を入れると、上記の求償権が一切行使できなくなります。これがなぜ危険なのか、決定的な理由を3つの視点から解説します。

1. 自身の経済的負担が不当に重くなる(減額のメリットが相殺される)

例えば、あなたが不倫をされた側(被害者)ではなく、不倫をした側(加害者側)の立場であると仮定します。

被害者から「慰謝料300万円を一括で支払え」と請求され、交渉の末に「200万円に減額する代わりに、求償権を放棄する特約に合意しろ」と言われたとします。一見すると100万円の減額に成功したように思えますが、ここに大きな罠があります。

もし求償権を放棄していなければ、あなたが支払った200万円のうち、不倫相手の負担分(通常は半分の100万円)を後から相手に請求できるはずでした。しかし、求償権を放棄してしまうと、その100万円を相手に取り立てることが一切できなくなります。

結果として、あなたは本来自分が負担すべき100万円を超えて、全額200万円の経済的負担を一人で背負うことになってしまいます。これでは、減額してもらった意味が実質的に失われてしまいます。

2. 不倫相手との間で新たなトラブルの火種になる

ダブル不倫(双方に配偶者がいるケース)において、この問題はさらに複雑化します。

夫が不倫相手(A子さん)の夫から慰謝料を請求され、妻に相談しないまま「求償権放棄」の条件で示談を締結したとします。この場合、夫はA子さんに対して「私が払った分を返してくれ」と言えなくなります。

しかし、家庭内に戻った後、妻がその事実を知ったとき、「なぜあなたが不倫相手の分まで全額背負わなければならないのか」「不倫相手にもしっかり払わせるべきだ」と激しい不満が生じ、夫婦間の信頼関係が決定的に崩壊するケースが後を絶ちません。

3. 十分な見返り(減額幅や条件)がないまま手放してしまう

求償権の放棄は、法的な権利を自らドブに捨てるようなものです。したがって、放棄すること自体に価値があり、相手に権利を譲る以上は、それに見合った十分なメリット(大幅な減額、分割払いの容認、口外禁止条項の厳格化など)がなければ不均衡です。

相手のペースに乗せられて「形だけの定型文」として安易に同意してしまうと、取り返しのつかない金銭的・精神的損失を被ることになります。

求償権放棄を求められたときの正しい対処法

それでは、示談交渉の中で「求償権を放棄してほしい」と求められた場合、どのように対応すべきでしょうか。実務上有効な対策をいくつかご紹介します。

  • その場での即答を避ける:相手や相手の弁護士から「求償権を放棄する条項を入れないと示談しない」と言われても、その場で署名・捺印してはいけません。「一度内容を持ち帰って検討します」と伝え、冷静に専門家に相談する時間を確保しましょう。
  • 放棄の見返りとしてさらなる減額・有利な条件を交渉する:どうしても求償権を放棄せざるを得ない状況であれば、「求償権を放棄する代わりに、慰謝料の金額をさらに〇〇万円引き下げる」「分割払いの回数を延ばす」といった、明確な経済的メリットを要求すべきです。
  • 求償権を行使できる道を残す:あえて求償権を放棄せず、支払った後に不倫相手へ正当な割合(自分の負担分を超えた額)を請求する選択肢を残す方が、長期的なトータルコストを抑えられる場合が多いです。

まとめ:示談書の作成・チェックは弁護士にご相談を

不倫・浮気問題の解決において、示談書は一度交わしてしまうと原則として後から覆すことができない「強力な法的文書」です。

「早くこの問題から解放されたい」という焦りから、相手の言いなりになって求償権放棄の特約に安易にサインしてしまうと、後になって巨額の金銭的損失や思わぬ人間関係のトラブルに直面することになります。

公的な相談窓口や弁護士会等では、依頼者さまの立場(請求する側・される側)を正確に分析し、求償権の損得計算を含めた最も有利な示談交渉のサポートを行っております。示談書の条項に不安を感じたら、サインをする前に、ぜひ一度法テラスや弁護士会などの公的な法律相談をご活用ください。

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弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、交通事故の賠償問題をはじめ、事業者様を狙う求人広告詐欺の被害救済やオフィス・テナント等の原状回復トラブルなど、不測の事態に直面した皆様の精神的・経済的なご負担を少しでも和らげ、正当な権利の実現と円満な解決へと導くためのサポートを徹底して行っています。

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