【実務上の対抗・解決手順】まずは自社の就業規則(賃金規程)を確認し、どの算定方式が規定されているかを特定します。もし違法な控除や法令違反の計算が行われている場合は、給与明細や就業規則の該当部分を証拠として確保し、会社に対して正確な根拠に基づく再計算と差額の請求を内容証明郵便等で求めていきます。
退職時の有給休暇取得と賃金算定の基本原則
退職を控えた労働者が未消化の年次有給休暇をすべて消化して退職するケースは実務上多く見られます。しかし、退職月に支給される有給休暇中の賃金について、「通常の給与よりも金額が少ない」「賞与の査定に影響した」といった疑問やトラブルが発生するケースが後を絶ちません。
労働基準法第39条では、年次有給休暇を取得した労働者に対して、不利益な取扱いをすることを禁止しています。また、同条第9項および労働基準法施行規則第25条において、有給休暇期間中に支払うべき賃金の算定方法が厳格に定められています。退職時に適法な賃金を受け取るためには、法律上の算定基準と自社の就業規則の規定内容を正確に把握する必要があります。
労働基準法が定める3つの賃金算定類型
労働基準法施行規則第25条では、有給休暇期間中の賃金として以下の3つのいずれかの方法によることを認めています。企業は、どの方法を採用するかをあらかじめ就業規則(賃金規程)に規定しておかなければなりません。
- 通常の賃金型:当該労働者が通常の労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金を支払う方法。
- 平均賃金型:労働基準法第12条に定める平均賃金を支払う方法。
- 健康保険の標準報酬月額型:健康保険法に定める標準報酬月額の算定基礎となる報酬月額を一定の計算方法で日割りにした額を支払う方法(※労使協定の締結が必要)。
就業規則における3類型の詳細と法的要件
企業がどの算定方式を採用しているかによって、実際に支給される金額に大きな差が生じる場合があります。ここではそれぞれの法的性質と計算上の注意点を解説します。
1. 通常の賃金(所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金)
実務上最も多くの企業で採用されているのがこの方式です。時間給制の場合は「当該時間の賃金」、日給制の場合は「当該日給」、月給制の場合は「当月の月給をその月の所定労働時間数で除した額」などが該当します。
ここで注意すべき点は、各種手当の扱いです。家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時の賃金などは除外することが認められている場合がありますが(労働基準法施行規則第25条第2項)、基本給や職務手当、役職手当などの通常の労働に密接に関連する手当は含めて計算しなければなりません。就業規則に「有給休暇期間中は基本給のみを支給する」などと不当に低い額を定める規定がある場合、労働基準法違反として無効となる可能性があります。
2. 平均賃金
労働基準法第12条の規定に基づき算出される平均賃金を採用する方式です。平均賃金は、原則として「事由発生日以前3か月間にその労働者に対して支払われた賃金の総額」を「その期間の総日数(暦日)」で除して算出します。
この方式が採用されるケースでは、欠勤控除などによって直近3か月の賃金総額が低下している場合、有給休暇中の賃金も連動して低くなるという特徴があります。ただし、労働基準法第12条第4項等の特例規定により、日数が極端に少ない場合の最低保障額の計算ルールも厳格に定められています。
3. 健康保険の標準報酬月額を基礎とする算定
この方式を採用するためには、使用者と労働者の過半数代表者(または過半数労働組合)との間で、書面による労使協定の締結が法的な必須要件となります。
標準報酬月額を30で除した金額などを日額として支給する方法ですが、労使協定が締結されていないにもかかわらずこの方式で計算・支給を行った場合、労働基準法違反となります。
退職月における計算実務とトラブル防止策
退職月に有給休暇を大量に消化する場合、賃金の締日と支払日の関係、および日割り計算の適用において法的リスクが生じやすくなります。
賃金締日と退職日のズレに関する注意点
例えば、会社の賃金締日が「毎月末日」、支払日が「翌月25日」であり、労働者が「3月末日付けで退職(3月中は全日有給消化)」とした場合、3月分の給与として4月25日に全額が支払われます。
しかし、退職に伴う最終給与の精算において、日割り計算の誤りや、有給休暇日数のカウントミスが発生することがあります。労働基準法第24条(賃金の全額払いの原則)により、企業は労働者に対して賃金の全額を支払わなければならないため、法的根拠のない減額や相殺は許されません。
違法な減額に対する法的対抗措置
もし、会社側が就業規則の規定に反して、あるいは違法な独自の計算方法によって有給休暇中の賃金を不当に減額して支給した場合、労働者は以下の手順で法的請求を行うことができます。
- 証拠の保全:雇用契約書、就業規則(賃金規程)、過去の給与明細、有給休暇の取得実績を示す記録(タイムカードや申請書)を書面やデータで確保する。
- 正確な未払い額の算定:労働基準法上の正しい算定方式に基づき、実際に支払われた金額との差額(未払い賃金)を算出する。
- 内容証明郵便による請求:会社に対して、未払い賃金の支払いを求める通知書を内容証明郵便で送付する。個人の対応が困難な場合は、弁護士法人の専門家を通じて法的責任を追及する。
退職時における有給休暇の賃金算定は、労働基準法第39条および施行規則第25条の強行法規に従う必要があります。自身の権利を守るため、まずは就業規則の記載内容を確認し、適法な計算が行われているかを客観的に検証することが不可欠です。

