貸与物(PC・スマホ・社員証)の返還方法と「横領だ」と言われないための証拠保全

公開日: 2026-10-15

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、労働基準法、民法(第627条・628条等)、労働契約法および最高裁判例法理に基づき、労働者の退職の自由と権利保護の観点から中立的・客観的に法的三段論法を用いて解説しています。

Q退職代行を利用して会社を辞める際、パソコンやスマホなどの会社貸与物をどうやって返還すれば「横領」や「器物損壊」などのトラブルを防げますか?
A【結論と法的根拠】会社貸与物は退職に伴う原状回復義務・返還義務の対象となりますが、私物を同封せず、追跡可能な配送方法(レターパックプラスや特定記録郵便など)で送付し、発送控えと梱包時の動画や写真を証拠保全することで、不法領得の意思(刑法上の横領の要件)が否定され、刑事・民事上の法的責任を回避できます。
【実務上の対抗・解決手順】退職日当日に貸与物をすべて同梱し、緩衝材を使用して厳重に梱包した上で「追跡番号付き郵便」で発送します。発送伝票の控えを必ず保管し、会社側からの「届いていない」「物が足りない」といった虚偽の主張に対抗できる客観的証拠を確保してください。

会社貸与物の返還に関する法的性質と法的義務

退職に伴う会社の貸与物(PC、スマートフォン、社員証、制服、健康保険証など)の返還は、労働契約の終了に伴う付随的義務です。民法上の賃貸借契約または無償保管契約に基づき、労働者は会社に対してこれらの物品を速やかに返還しなければなりません。

労働基準法上、退職時の金品の返還については「賃金の支払」等に関する規定(第23条)がありますが、会社から労働者に貸与した物品の返還手続きに関する直接的な条文はありません。したがって、これらは一般的な民法の契約原則および所有権に基づき処理されます。

会社側が「物を返さないのは横領だ」と主張するケースが見受けられますが、刑法上の横領罪(刑法第252条)が成立するためには、他人の物を自分のものにしようとする「不法領得の意思」が必要です。単に退職に伴い郵送で返還する意思と行動がある場合、この要件は満たされません。しかし、会社との無用な紛争や「横領」「器物損壊」といった不当な刑事告訴・損害賠償請求の口実を与えないためには、確実な証拠を伴う返還手続きが不可欠となります。

追跡可能な配送方法の選定と法的推奨手順

貸与物を会社に返還する際、手渡しや普通郵便は避けるべきです。普通郵便は配達の証明が残らないため、会社側から「届いていない」と主張された場合に反証が困難になります。

したがって、追跡可能であり、かつ受領確認ができる配送方法を選択することが法的自衛の観点から極めて重要です。

  • レターパックプラス(日本郵便):対面でお届けし、受領印または署名が残るため、最も確実性が高い方法の一つです。
  • 特定記録郵便(日本郵便):引受記録が残り、インターネット上で配達状況を確認できます。
  • 宅急便・ゆうパック:追跡番号が付帯し、精密機械であるPCやスマートフォンの輸送に適した補償付きの配送が可能です。

配送を行う際は、品名欄に「退職に伴う会社貸与物在中」と明記し、誰からの送付であるかを会社側の担当者が一目で識別できるようにします。また、発送伝票の追跡番号控(控え)は、会社への到着が確認されるまで絶対に捨てずに保管してください。

返還チェックリストの作成と受領の客観的証拠化

会社から「一部の備品が足りない」「付属品(充電器やマウスなど)が同梱されていなかった」と主張されるトラブルは、退職代行利用時によくある紛争パターンです。これを防止するためには、返還する物品のリスト化と客観的な証拠保全が求められます。

返還チェックリストの作成

以下の項目を記載したチェックリストを自ら作成し、現物と照合します。
  • ノートパソコン本体および電源アダプター・ケーブル
  • スマートフォン本体およびSIMカード(※会社指定の場合)
  • 社員証、社章、入館セキュリティカード
  • 制服、作業着、社内規定の書類やファイル
  • 健康保険被保険者証(※会社への返却が必要な場合)

証拠保全の実務手順

梱包作業の段階で、以下の証拠を残すことが実務上極めて有効です。
  1. 写真撮影:ダンボールやレターパックの中に、すべての貸与物が揃った状態で収められている様子をスマートフォン等で複数角度から撮影します。
  2. 梱包時の動画撮影:物品を箱に入れ、封緘(テープ留め)するまでの流れを途切れなく動画で撮影しておくと、証拠としての証明力が飛躍的に向上します。
  3. 発送伝票と中身の紐付け:撮影した写真や動画と、発行された配送伝票の追跡番号が一致していることを確認できる状態にしておきます。

これらの記録が存在する場合、会社側が「物品が破損していた」「付属品が欠品していた」と主張して損害賠償請求を行ってきたとしても、発送時点での完全性と無破損性を客観的に立証できるため、不当な請求を排斥することが可能となります。

健康保険証や社員証の取扱いと会社との折衝

貸与物のなかでも、健康保険被保険者証(保険証)は健康保険法に基づき、資格喪失後に速やかに事業主経由で協会けんぽや組合へ返納することが義務付けられています(健康保険法施行規則第51条等)。手元に長期間保持することは法令違反に問われるリスクもあるため、他のPCやスマホ等のIT機器と同様に、追跡可能な郵送方法で速やかに会社へ返還してください。

なお、退職代行サービスを利用している場合、弁護士法人が代理人として介入しているケースを除き、一般の民間代行業者が会社と直接交渉することは労働組合法上の法的制約(団体交渉権の主体に関する問題)を受けます。そのため、貸与物の具体的な返送先住所や宛名に疑義がある場合や、会社側が「直接会社まで持ってこい」と不当な要求をしてくる場合は、弁護士等の専門家に相談の上、内容証明郵便を活用した法的通知をもって郵送返還の正当性を告知することが最も安全かつ確実な解決手法となります。

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弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、交通事故の賠償問題をはじめ、事業者様を狙う求人広告詐欺の被害救済やオフィス・テナント等の原状回復トラブルなど、不測の事態に直面した皆様の精神的・経済的なご負担を少しでも和らげ、正当な権利の実現と円満な解決へと導くためのサポートを徹底して行っています。

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