貸付金・前借金がある場合の退職と給与天引きの禁止(労基法第17条)

公開日: 2026-10-15

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、労働基準法、民法(第627条・628条等)、労働契約法および最高裁判例法理に基づき、労働者の退職の自由と権利保護の観点から中立的・客観的に法的三段論法を用いて解説しています。

Q会社からお金を借りていたり、前借金があったりする場合でも、退職することは可能ですか?また、未払い給与からその借金を勝手に全額天引き相殺することは合法ですか?
A【結論と法的根拠】労働者は労働基準法第17条および民法第627条に基づき、借金の有無に関わらずいつでも自由に退職できます。また、前借金と賃金の相殺は法律で厳しく制限されており、会社側の勝手な全額天引きは違法となります。
【実務上の対抗・解決手順】退職届の郵送や退職代行を利用して会社との接触を断ち、未払い賃金の全額支給を請求します。違法な天引きが行われた場合は労働基準監督署への申告や、弁護士を通じた返還請求手続きを実行します。

会社からの借金と退職の自由に関する法的原則

「会社からお金を借りている」「入社時の支度金などを前借りしている」という理由を盾に、会社側から「借金を全額返済するまでは退職を認めない」「辞めるなら一括返済しろ」と脅されるトラブルが後を絶ちません。

しかし、労働法および民法の法解釈において、金銭の貸借関係と労働者の退職の自由は完全に切り離して考えるべき別個の権利義務とされています。会社が退職を法的に拒絶することはできません。

民法第627条に基づく退職の自由

期間の定めのない雇用契約において、労働者は民法第627条第1項により、解約の申し入れから原則として2週間を経過することによって雇用契約が終了する権利を有しています。

この退職の自由は強行法規であり、就業規則に「退職時は借金を完済しなければならない」といった独自の制限規定が盛り込まれていたとしても、その規定は公序良俗違反(民法第90条)や労働基準法違反により無効となります。借金があること自体は、退職を妨げる法的障害にはなり得ません。

労働基準法第17条(前借金相殺の禁止)の趣旨

会社側が最もよく用いる対抗手段として「退職するなら残りの借金を給与から一括天引きする」「退職金や最後の給与とは相殺する」という主張があります。しかし、これは明確に労働基準法違反となります。

労働基準法第17条は、以下のように規定しています。

「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」

この条文は、労働者が会社に対して借金を負うことで実質的な身分拘束(強制労働)状態に置かれることを防止するためのものです。したがって、会社が労働者の賃金や退職金から、一方的に借金や前借金を差し引く(相殺する)ことは法律上禁止されています。

前借金相殺の法的要件と最高裁判所の立場

労働基準法第17条は「労働することを条件とする前借金」を禁止していますが、純粋な私的貸付(労働条件とは無関係の一般的な金銭消費貸借)については、賃金との相殺が一切認められないわけではありません。

しかし、実務上、会社が給与から借金を天引きするには極めて厳格な法的要件を満たす必要があります。

賃金全額払いの原則(労働基準法第24条)

労働基準法第24条第1項本文は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定めています(賃金全額払いの原則)。

この原則に対する例外として、給与から一定額を控除(天引き)することが認められるのは、以下の2つのケースに限られます。

  • 法令に別段の定めがある場合(所得税や住民税、社会保険料の源泉徴収など)
  • 労使協定(いわゆる36協定とは別の賃金控除協定)が存在する場合

したがって、労使協定の締結や労働者の明確な同意がない限り、会社が勝手に借金を給与から天引きすることは違法です。

自由意思に基づく相殺の合意に関する判例

仮に労働者が借金の返済について会社と合意していた場合であっても、最高裁判所の判例(日新製鋼事件・最高裁昭和58年11月18日判決等)では、その同意が労働者の自由意思に基づいてされたものであると認めるに足りる的確な証拠がある場合(または「認めるに足るべき的確な証拠がある場合」)に限り、例外的に賃金との相殺が許容されるとしています。

つまり、退職時に会社が威圧的な態度をとったり、退職を人質にとって無理やり同意書に署名させたりしたようなケースでは、その合意は無効と判断されます。

借金がある状態で退職を円滑に進めるための実践手順

会社からの借金や前借金が存在する状況下で、トラブルを回避して円滑に退職するための具体的な法的手続きを解説します。

1. 借入金の「返済義務」と「退職手続き」を完全分離する

まず認識すべきは、「会社を辞めること」と「会社に対する借金を返済すること」は別問題であるという点です。

会社を辞めた後も、借金の返済義務自体が法的に消滅するわけではありません(※会社の不法行為等による損害賠償相殺が認められる場合を除きます)。退職手続き自体は、民法に基づき内容証明郵便等で退職届を送付することで適法に完了させます。

2. 給与からの違法天引きに対する対抗措置

退職時に会社が未払い給与や退職金から借金を強制的に差し引いた場合、労働基準法第24条違反(賃金全額払いの原則違反)および同第17条違反に該当します。

具体的な対抗措置としては、以下のステップが挙げられます。

  • 会社に対する抗議と全額請求:内容証明郵便等を用いて、賃金の全額支給および違法な相殺の撤回を求めます。
  • 労働基準監督署への申告:賃金全額払い原則違反について、会社を所轄する労働基準監督署に是正勧告の申し立てを行います。
  • 法的請求(弁護士を通じた代理交渉):会社側が話し合いに応じない場合や、強硬に不当な給与差し押さえ・天引きを続ける場合は、弁護士を代理人として選任し、未払い賃金の返還請求訴訟や労働審判等の法的手続きに移行します。

3. 本人直接交渉の回避と法的代理人の活用

前借金や貸付金がある案件では、会社側が感情的になりやすく、「お金を返済するまで辞めさせない」「家まで取り立てに行く」などの違法な嫌がらせに発展するリスクが高くなります。

このようなリスクを完全に排除するためには、退職代行サービスや労働問題に精通した弁護士を活用することが極めて有効です。弁護士が代理人として受任通知を会社に送達し交渉窓口を一本化することで、会社側から本人への直接連絡を強く牽制・抑止し、退職手続きと借金返済の話し合いを法的なルールに基づいて冷静かつ迅速に処理することが可能となります。

\ 写真で送るだけ・24時間受付中 /【日本全国対応・ご来所不要】
LINE・お電話で手続完結

初回相談30分無料
(※事案により異なる場合があります)
ご相談だけで終了しても費用は一切かかりません

LINEで無料相談(24時間受付)※写真で送るだけ・24時間受付・秘密厳守
弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、交通事故の賠償問題をはじめ、事業者様を狙う求人広告詐欺の被害救済やオフィス・テナント等の原状回復トラブルなど、不測の事態に直面した皆様の精神的・経済的なご負担を少しでも和らげ、正当な権利の実現と円満な解決へと導くためのサポートを徹底して行っています。

LINE相談
無料相談