交通事故の休業損害は、会社員(給与所得者)であれば「事故前3ヶ月の給与 ÷ 90日」という分かりやすい計算式で算出されます。 しかし、被害者が「会社役員(代表取締役や取締役)」であった場合、その役員報酬を巡って保険会社との間で激しい対立が生じます。
なぜなら、法律上、「役員報酬の全額が休業損害の対象になるわけではない」という特殊なルールが存在するからです。
役員報酬に潜む「2つの性質」
裁判の実務上、会社役員に毎月支払われている役員報酬は、以下の2つの性質が混ざり合ったものと考えられています。
- 労働対価部分 一般の従業員と同じように、実際に体を動かして営業したり、現場で作業したり、実務的な管理業務を行ったりしたことに対する「労働の対価」としての部分。
- 利益配当部分(地位に基づく報酬) 会社の出資者(オーナー)としての利益の配分や、経営トップとしての「地位そのもの」に対して支払われている部分。
交通事故によって「ケガをして働けなくなったことの損害(休業損害)」として認められるのは、①の「労働対価部分」のみです。 「ケガで入院していても、会社の社長(取締役)という地位は失っていないのだから、利益配当部分は損害を受けていない」と解釈されるため、役員報酬の全額を休業損害として請求することはできないのです。
保険会社の強硬な主張と「ゼロ円提示」
このルールを逆手にとり、保険会社はしばしば極端な主張をしてきます。
「あなたの会社の役員報酬はすべて利益配当部分であり、労働対価はゼロである。したがって休業損害もゼロ円である」
特に、名ばかりの役員(配偶者を役員にして節税しているケースなど)や、実務を従業員に任せきりにしている大企業の役員の場合、このような主張を受けやすくなります。
労働対価部分を「証明」するためのポイント
保険会社の「ゼロ円提示」を覆し、役員報酬の中に占める「労働対価部分」の割合を適正に評価させるためには、被害者側から「役員としての実態」を客観的な証拠をもって証明する必要があります。 具体的には、以下の要素を総合的に考慮して割合が決定されます。
- 会社の規模と従業員数:数名規模の中小企業や同族会社であれば、「社長も現場で汗を流して実務をこなしている(労働対価部分が大きい)」と認められやすくなります。
- 被害者の職務内容:役員といえども、自らトラックを運転していたり、営業の最前線に立っているなどの実態があれば、労働対価性は高く評価されます。
- 他の従業員との給与のバランス:同年代の一般従業員の給料(賃金センサス等)と比較し、その金額相当分を「労働対価部分」として切り出す手法もよく用いられます。
- 年齢や報酬の推移:過去の報酬額の推移や、会社の売上と報酬の相関関係なども証拠となります。
例えば、「役員報酬の80%を労働対価部分とする」といった認定を裁判等で勝ち取ることになります。
会社としての損害(企業損害)という考え方
役員が事故で休業している間も、会社が役員報酬を満額支払い続けていた場合、被害者個人の「現実の減収」は発生していないため、個人の休業損害は請求できません。
しかし、この場合、「本来働いていない役員に対して会社が報酬を支払わざるを得なかった(または売上が低下した)」として、会社そのものが被害者として加害者に対して損害賠償を請求する「企業損害(反射的損害)」という構成をとる場合があります。 ただし、企業損害が認められるのは「その役員が会社にとって不可欠な存在(ワンマン社長など)であり、会社と役員が実質的に一体である」といった極めて限定的なケースに限られます。
役員の休業損害は、弁護士の交渉力が鍵
会社役員の休業損害(および将来の逸失利益)の算定は、交通事故賠償において最も複雑で専門的な法的判断が求められる分野の一つです。
「役員だから休業損害は出ない」という保険会社の言い分を鵜呑みにせず、役員としての実務の重要性や会社の経営実態を正確に法的主張に落とし込むためには、企業法務や損害賠償実務に精通した弁護士のサポートが不可欠です。 中小企業の経営者の方で、交通事故に遭われてご自身の休業補償にお悩みの方は、夕陽ヶ丘法律事務所までお早めにご相談ください。