交通事故の死亡事案の中で、法的な処理が最も複雑になり、ご遺族に深い苦悩をもたらすのが「身内(家族)が運転する車での死亡事故」です。
休日の家族旅行や、夫婦での買い物帰りに、運転手のちょっとした不注意(居眠りや脇見運転、ハンドル操作の誤り)によって単独事故を起こしたり、対向車と衝突したりして、同乗していた家族(配偶者や子供、親など)が命を落としてしまうケースがあります。
この場合、亡くなった被害者の莫大な損害賠償金(死亡慰謝料や逸失利益)の「相続」において、極めて特殊なルールが適用されます。
「加害者が賠償金を相続する」という矛盾
被害者が死亡した場合、その損害賠償を請求する権利は、法定相続人(配偶者、子供、親など)に相続されます。 しかし、運転していた家族(例えば夫)自身に100%の過失がある単独事故で、同乗の子供が亡くなったとします。 この場合、夫は「加害者(賠償金を支払う義務がある人)」であると同時に、子供の親として「被害者の相続人(賠償金を受け取る権利がある人)」という、二つの立場を同時に持つことになります。
「混同(こんどう)」による権利の消滅
法律(民法520条)には、「債権(請求する権利)と債務(支払う義務)が同じ人に帰属したときは、その権利は消滅する」というルールがあります。これを「混同」と呼びます。
加害者である夫が、被害者(子供)から相続した「自分自身(夫)に対して賠償金を払えと請求する権利」は、混同によって消滅します。 つまり、事故を起こした加害者本人は、被害者(家族)の賠償金を受け取る権利(相続分)を失うことになります。
残りの相続人の権利はどうなる?
では、加害者以外の家族(例えば、助手席に乗っていて助かった母親など)の権利はどうなるのでしょうか?
母親の相続分(全体の2分の1)については混同の影響を受けないため消滅せず、そのまま残ります。 したがって、母親は加害者である夫(実質的には夫が加入している任意保険会社)に対して、子供の賠償金総額の2分の1を請求することができます。
共同不法行為(双方に過失がある事故)の場合の複雑さ
さらに事態が複雑になるのが、家族の運転(過失20%)と対向車(過失80%)との衝突事故で同乗者が亡くなったような「共同不法行為」のケースです。
この場合、亡くなった同乗者から見れば、運転していた家族も、対向車も、どちらも「加害者」となります。同乗者の賠償金を相続した家族(運転手)は、対向車に対して賠償金を請求することができますが、相続した賠償額の中から「自分自身(運転手)の過失分」が差し引かれる(過失相殺される)のかどうかを巡って、裁判でも高度な法解釈が争われます。 過去の最高裁判例(平成13年)では、公平の観点から、運転していた相続人の過失割合分を賠償総額から控除するなどの判断が示されています。
家族を責めず、正しい補償を受けるために
家族の運転で大切な身内を失う事故は、「自分が運転を代わっていれば」「私がよそ見をしなければ」と、運転していたご家族が一生消えない凄絶な自責の念に駆られます。
そのような極限の精神状態の中で、保険会社から提示される「混同」や「過失相殺」といった冷徹な法理論と複雑な計算式を理解し、冷静に交渉することは不可能です。 保険会社は、この複雑なルールを盾にして、遺族に支払う賠償金全体を不当に低く抑え込もうとすることがあります。
夕陽ヶ丘法律事務所では、自責の念に苦しむご遺族の心に寄り添いながら、複雑に絡み合った相続と過失の法的パズルを解きほぐし、保険会社から適正な賠償金(保険金)を引き出すためのサポートを行います。家族間の事故で保険の処理にお悩みの方は、一人で抱え込まずに私どもにご相談ください。