年金受給者の死亡逸失利益:遺族年金や障害年金は賠償請求の対象になるか?

【本記事の監修者】
弁護士 井上 正人(大阪弁護士会所属 / 登録番号:第43449号 / 弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表弁護士)
※本記事は、弁護士による交通事故示談交渉・後遺障害等級認定の実務経験に基づき、最新の法令および裁判所基準(弁護士基準)に沿ってわかりやすく解説しています。

交通事故の死亡事故において、賠償額の大部分を占めるのが「死亡逸失利益(生きていれば将来得られたはずの収入)」です。

被害者が現役の会社員や自営業者であれば給料や売上がベースになりますが、被害者が定年退職して「年金」だけで生活していた高齢者の場合、どうなるのでしょうか。 保険会社は「働いていないのだから労働能力はない。よって逸失利益はゼロだ」と主張してくることがありますが、これは明確な誤りです。裁判実務において、一定の年金は「逸失利益(将来の収入)」として賠償請求の対象になることが確立されています。

ただし、すべての年金が認められるわけではありません。「年金の種類」によって、請求できるものとできないものが厳密に区別されています。

Q 年金受給者が交通事故で亡くなった場合、将来受け取るはずだった年金は死亡逸失利益として請求できますか?遺族年金や障害年金の扱いも教えてください。
A 【法律上の結論と計算ルール】老齢年金(老齢基礎・老齢厚生)や、事故前から受給していた障害年金は「将来の収入」とみなされ逸失利益として請求できますが、遺族年金は被害者自身の稼得能力の喪失に対する補償ではなく別性質の給付となるため請求対象外となります。
【損をしないための対策】保険会社は「無職だから逸失利益はゼロ」と不当に主張してくるケースが多いため、適切な賠償金額を確実に獲得するには交通事故に強い弁護士への早期相談が不可欠です。

逸失利益として「請求できる」年金

被害者自身が過去に保険料を拠出した対価としての性質を持つ年金や、被害者自身の身体的条件に基づいて支給されている年金は、逸失利益として認められます。

  1. 老齢基礎年金(国民年金)

  2. 老齢厚生年金、退職共済年金

  3. 障害基礎年金、障害厚生年金

    ※事故に遭う前から受給していた場合。事故が原因で新たに障害を負った場合とは異なります。

  4. 恩給(軍人恩給など)

これらを受給していた方が亡くなった場合、「(年間の受給額 × 死亡時の平均余命に対応するライプニッツ係数)- 生活費控除」という計算式で逸失利益が算出され、遺族に賠償金として支払われます。

逸失利益として「請求できない」年金

一方で、被害者自身の保険料拠出に対する見返りではなく、遺族の生活保障や国の社会福祉的な政策に基づいて支給されている年金は、逸失利益の対象から除外されます。

  1. 遺族年金(遺族基礎年金、遺族厚生年金など)

    亡くなった配偶者の代わりに受け取っていた遺族年金は、被害者自身の労働による対価ではないため請求できません。

  2. 老齢福祉年金

    保険料を納付していなくても、一定の年齢と所得制限を満たすことで国から支給される福祉的な年金は対象外です。

  3. 障害児福祉手当などの福祉給付金

「母は遺族年金も合わせて月額15万円もらっていたのに、なぜ賠償の計算では月額5万円(老齢年金のみ)に減らされてしまうのか」とご遺族が納得できないケースが多々ありますが、これは最高裁の判例で確立された法的なルールとなっているため、覆すのは非常に困難です。

注意!年金の「生活費控除率」は非常に高い

もう一つ、年金の逸失利益を計算する上でご遺族が知っておくべき極めて重要なルールがあります。それは「生活費控除率の高さ」です。

逸失利益は「生きていればかかったはずの生活費(食費など)」を差し引いて計算されます(生活費控除)。 給与所得者の場合、この生活費控除率は通常「30%〜50%」程度です。しかし、年金のみで生活していた被害者の場合、生活費控除率は「50%〜60%以上(事案によっては70%)」と、非常に高く設定されるのが裁判実務の慣行です。

なぜなら、給与収入に比べて、年金収入はその大部分が日々の食費や生活費(生存に不可欠な費用)として消費される傾向が強いと考えられているからです。 そのため、年額100万円の年金を受給していたとしても、生活費として60%(60万円)が引かれ、実際に逸失利益として計算されるベースは年間40万円程度になってしまいます。

弁護士による「控除率を下げる」戦い

保険会社は当然、賠償金を減らすために「年金受給者だから生活費控除率は70%だ」などと最大の控除率を主張してきます。

これに対し、弁護士などの法律の専門家は、「被害者は年金以外にも不動産収入があった」「同居の家族が生活費の大半を負担しており、被害者の年金は貯蓄に回っていた」といった具体的な家計の実態を証拠とともに立証し、保険会社が主張する生活費控除率の妥当性を精査した上で、適正な賠償金確保に向けた交渉を行います。

高齢の家族を亡くした遺族が保険会社の提示する賠償額に疑問を感じた場合、示談書に署名する前に専門の弁護士へ相談することが推奨される。法律の専門家による弁護士基準での適正な賠償額の再計算を行うことで、提示額の妥当性を検証し不当な低額示談を防ぐことが可能となる。

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FAQよくある質問

Q. 事故で亡くなった父は75歳で、仕事はしておらず収入は「老齢年金(国民年金・厚生年金)」のみでした。保険会社から「働いていないから逸失利益はゼロだ」と言われたのですが、本当ですか?

A. 嘘です。被害者が働いておらず年金のみで生活していた場合でも、その「老齢年金」は生きていれば確実にもらえたはずの重要な収入源(逸失利益の対象)として認められます。したがって、死亡時から平均余命までの年金受給見込み額から生活費を控除した金額を、逸失利益として加害者に請求することができます。

Q. 事故で亡くなった母は、自身の国民年金に加えて、数年前に他界した父の「遺族年金」を受給して生活していました。この遺族年金分も逸失利益として請求できますか?

A. いいえ、遺族年金は逸失利益としては請求できません。老齢年金や障害年金は「本人が過去に保険料を納付した対価」という性質があるため逸失利益として認められますが、遺族年金は「遺族の生活保障(福祉的性質)」として支給されるものであり、本人の労働能力や拠出に基づくものではないため、賠償の対象外とするのが現在の裁判実務のルールです。

弁護士 井上正人

この記事の監修

弁護士 井上 正人
(いのうえ まさと)

大阪弁護士会所属(登録番号:43449)
弁護士法人夕陽ヶ丘法律事務所 代表

相続や遺産分割、交通事故の賠償問題をはじめ、事業者様を狙う求人広告詐欺の被害救済やオフィス・テナント等の原状回復トラブルなど、不測の事態に直面した皆様の精神的・経済的なご負担を少しでも和らげ、正当な権利の実現と円満な解決へと導くためのサポートを徹底して行っています。

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