【基礎】釈明権(総論)
2025/04/22 更新
釈明権
(1)釈明権は、訴訟手続を円滑に進めるために、裁判官は、当事者に対し質問したり、特定の事項を主張、立証するように促す裁判所の権限である。
(2)処分権主義、弁論主義を徹底すれば、当事者が主張、立証しないために、「勝べき者が負ける。」ということが発生する。しかし、裁判所には司法権として、事実を解明しその真実に適合した判決をする責任があり、その責任を果たすために、釈明権が認めれている。
(3)積極的釈明権については、処分権主義、弁論主義に反するという考え方もあった。しかし、処分権主義、弁論主義の根底には自己責任がある。法律の素人である当事者本人に自己責任を問えるほどの法情報が提供されているわけではないから、釈明権を行使して裁判所の手持ち情報を伝えることは、処分権主義、弁論主義には反しない、しかし、裁判所が一方にだけ情報を提供のであれば、裁判の公平を害することが考えられる。したがって、不意打ちになるような裁判所の釈明の不行使や、公平を害するよな釈明の行使が問題となる。
参考
田中豊 「論点精解 民事訴訟法〔改訂増補版〕」 174頁以下
長谷部由起子ほか「基礎演習民事訴訟法 <第3版> 」102頁以下
民事訴訟法149条(釈明権等) 1項 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。 2項 陪席裁判官は、裁判長に告げて、前項に規定する処置をすることができる。 3項 当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる。 4項 裁判長又は陪席裁判官が、口頭弁論の期日外において、攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について第一項又は第二項の規定による処置をしたときは、その内容を相手方に通知しなければならない。 |
消極的釈明と積極的釈明
(1)消極的釈明は、当事者の主張の不明瞭なところ、矛盾について、裁判所の疑問点を質問するものである。
消極的釈明については、釈明権の行使が必要とされて、その不行使について違法であると、なりやすい。
(2)積極的釈明は、当事者の主張が不適切な場合に、不適切な主張の撤回と、適切な主張をするように促す釈明である。
積極的釈明については、一方当事者が意図していない主張の追加を求めるものであり、他方当事者からすれば裁判所が一方当事者に肩入れをしたのではないか、と考え公平性に問題が生じる。積極的釈明については、行使しても違法ではないが、行使しなくても違法ではグレーゾーンが存在する。
参考
長谷部由起子ほか「基礎演習民事訴訟法 <第3版> 」102頁以下
(1)釈明権については、以下のように分類するものがる。 (2)①不明瞭をただす釈明、②不当を除去する釈明、 ③訴訟材料補完の釈明、④訴訟材料新提出の釈明の4類型に分けるものがある。 (3)①消極的釈明と②積極的釈明の2類型に分けるものがある。 (3)これらの分類は、 主に釈明義務違反とした最高裁判例に おける釈明権の不行使事例の検討から生まれたものではあるが、その分類だけで、適法、違法を結論付けれるものではない。 参考 田中豊 「論点精解 民事訴訟法〔改訂増補版〕」 176頁 |
最判昭和45年6月11日民集24巻6号516頁
「釈明の制度は、弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し、訴訟関係を明らかにし、できるだけ事案の真相をきわめることによって、当事者間における紛争の真の解決をはかることを目的として設けられたものであるから、原告の申立に対応する請求原因として主張された事実関係とこれに基づく法律構成が、それ自体正当ではあるが、証拠資料によって認定される事実関係との間に喰い違いがあってその請求を認容することができないと判断される場合においても、その訴訟の経過やすでに明らかになった訴訟資料、証拠資料からみて、別個の法律構成に基づく事実関係が主張されるならば、原告の請求を認容することができ、当事者間における紛争の根本的な解決が期待できるにかかわらず、原告においてそのような主張をせず、かつ、そのような主張をしないことが明らかに原告の誤解または不注意と認められるようなときは、その釈明の内 容が別個の請求原因にわたる結果となる場合でも事実審裁判所としては、その権能として、原告に対しその主張の趣旨とするところを釈明することが許される」
(1)本件は、「積極的釈明について、その行為が不公平であって違法である。」と争われた訴訟である。この判例 以降も、釈明権行使の違法について争われた最高裁判例が見当たらない( 「民事訴訟法判例百選(第6版〕)」102頁)。 (2) 本判決では、「釈明の制度は、弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し、訴訟関係を明らかにし、できるだけ事案の真相をきわめる」ために設けられたとしており、当事者が用意した証拠によって判明した事実を前提として、「弁論主義(自己責任)の徹底よりも、」「裁判所には司法権として、事実を解明しその真実に適合した判決をする」ことが適切である、という立場を取っている。 (3)本判決の事例は、請求権競合の事案で、当事者が主張していない法的主張ではあるが、裁判所は、その主張を認定することができるのではない、と考えるとき、その点を当事者に指摘して主張・立証する機会を与える釈明をすることができるとした事例でもある(法的観点指摘義務)。 新訴訟物理論によれば、別の請求権についても訴訟物は同一であるから、裁判所の釈明権の許容される範囲は広くなり、かつ、行使する義務が発生する範囲も広くなる。 しかし、本判決は、旧訴訟物理論を前提としても、「事案の解明と真実に適した判決を出すためには」当事者が主張していない法的主張についても、当事者に指摘して主張・立証する機会を与える釈明をすることができるとした事例でもある(法的観点指摘義務)。 (4)逆に言えば、一定の場合には、旧訴訟物理論を前提としても、新訴訟物理論の見地で、紛争を判断する義務があると裁判所に課したした判例でもある。(新訴訟物理論でも、旧訴訟物理論でも、釈明義務の範囲には影響がでない。) 参考 田中豊 「論点精解 民事訴訟法〔改訂増補版〕」 177頁 |
裁判所が釈明権を行使したことが違法となることがあるのか。
(1)仮に、裁判所が新しい法律構成を主張するように促したことが違法であるとしても、上訴審において、その釈明にとって当事者が提出した新主張を信義則により制限できないのであれば、裁判所としては、その主張の当否を判断しなければならない。
(2)裁判所が釈明権を行使したことが違法となることはほぼない、といわれている。
参考
田中豊 「論点精解 民事訴訟法〔改訂増補版〕」 187頁