【論文対策ノート】明示的一部請求
2025/04/11 更新
一部請求
一部請求には、数量的一部請求と特定一部請求がある。
特定一部請求
(1)特定一部請求とは、前訴では交通事故の物損を、後訴では人損だけを請求するような場合の前訴の請求である。両訴訟の訴訟物となる請求は、同じ損害賠償請求権であるが、請求項目が異なるために前訴は一部請求、後訴は、残部請求となる(平成20年7月10日裁判集民228号463頁判時2020号71頁 判夕1280号121頁)
(2)特定一部請求の前訴では、特定の損害項目のみを請求するとは記載されていたが、残部請求を留保することを明記していなかった。特定一部請求では、前訴の訴状にて、他の請求項目を請求する可能性があると記載することは少ないと思われる。しかし、請求項目の発生時期が異なり後訴が紛争の蒸し返しになることが少ないケースでは、原告の後訴請求の必要性と、被告の重複応訴の負担のバランスを考慮して、一部請求の明示があるか、が評価される。
参考
名津井吉裕ほか 「事例で考える民事訴訟法」219頁以下
数量的一部請求
(1)数量的一部請求、数量的に可分な債権に対して、残りの部分を後日請求することを前提として、その一部を請求する一部請求である。
(2)例えば、「原告が被った損害は1億円を下らないが、今回はそのうち1000万円を請求する。」という場合である。
(3)例えば、「100万円を貸したが、30万円の弁済を受けたので、70万円を請求する。」という場合である。
(4)一部請求であるかどうかは、「請求原因や、よって書き」等の訴状の全体の記載において明らかにすれば足りる。残部請求が留保されていることを被告が予測できる内容であるかが、ポイントとなる。
明示の有無
(1)1個の債権の一部請求には、数量的一部請求と特定一部請求がある。 (2)前訴と後訴の訴訟物が同一で、前訴が確定している場合には、前訴は一部請求となり、後訴は残部請求となる。 (3)黙示請求は、「一部請求である。後日、残部を請求する可能性がある。」と明示しない一部請求である。 前の訴訟が黙示的一部請求債権である場合、その確定後に、債権の残部について後訴を提起することは許されない (4)これに対して、前訴の一部請求が明示的一部請求であれば、その一部請求のみが訴訟物となる (最判昭和34年2月20日民集13巻2号209条)。前訴での一部請求の判決が確定しても、残部について後訴を提起することができる。 (5)したがって、「一部請求である。」ことが明示されていたかが、問題となる。 |
残部請求
1 問題点 (1)①数量的に可分な債権の一部について、②前訴でその一部を請求しその前訴が確定した。その後に、③「前訴の請求は一部請求である。今回は残部を請求する」として、後訴にて、残部の請求をすることは、前訴の既判力が及ぶために認められないのではないか。 2 結論と理由 (1)判例は、前訴にて、数量的に可分な債権の一部であることを明示していた場合には、前訴訟の既判力は後訴訟に及ばないので許されるとする。 (2)原告は、訴訟物を選択する権利がある(処分権主義)。前訴で請求されていない残部については、前訴の既判力が及ばないのが素直な解釈である。 民事訴訟法では、訴額が大きくなれば印紙が増える。原告にとって、請求を分割することは必要である。 (3)原告の都合で、被告が何度も応訴を強いられる被告の負担も考慮しなければならない。 (4)前訴で一部請求であると明示されていれば、被告も残部請求について債務不存在確認等を提起してその不利益を解消する手段がある。 (5)よって、前訴にて、①数量的に可分な債権の一部であることが明示されている場合には、原告は訴訟物を分割できることから、その一部請求のみが前訴での訴訟物となるから、残部について後訴を提起することができる。 |
前訴で明示的一部請求を提起し、敗訴した場合の残部請求
1 問題点 ①前訴で、明示的一部請求したが、その全部又は一部について敗訴した原告は、②その残部について後訴を提起することができるか。 2 訴訟物の観点 (1)明示的一部請求については、その一部請求のみが訴訟物となる。したがって、前訴と、後訴は訴訟物が別となるから、前訴訟で敗訴したとしても、後訴訟では、その影響を受けない。 (2)つまり、前訴の既判力により、原告の訴えが許されなくなるものではない。 3 信義則の検討 (1)しかし、明示一部請求において、その全部又は一部について敗訴した原告については、その残部を含めた請求全額について審理され、かつ、認容額を超えた部分について(残部請求を含む)ことが存在しないことが判断している。 例えば、100万円のうち30万円を請求する訴訟で、20万円に限って認容された場合には、10万円において敗訴している。 この場合、前訴にて、原告の主張する請求全額の100万円全体が審査の対象となって、80万円について不存在であることを理由に、20万円が認容されている(実質的に残部請求が審査されて、不存在だと判断されていること)。 (3)つまり、後訴の訴訟は、前訴で不存在と判断された請求権について再度、訴訟提起するものであるから、正しく紛争の蒸し返しにあたる(紛争の蒸し返し)。 (4)よって、前訴で、明示的一部請求したが、その全部又は一部について敗訴した原告は、その残部について後訴を提起することは信義則上許されない。 参考 名津井吉裕ほか 「事例で考える民事訴訟法」224頁、225頁 |