【基本】明示的一部請求
2025/04/08 更新
一部請求
(1)一部請求には、数量的一部請求と特定一部請求がある。
特定一部請求
(1)特定一部請求とは、前訴では交通事故の慰謝料を、後訴では休業損害を請求するような、両訴訟の訴訟物が同一であるが、請求項目が異なるために、前訴は一部請求、後訴は残部請求となるものである(平成20年7月10日裁判集民228号463頁判時2020号71頁 判夕1280号121頁)
(2)特定一部請求の前訴では、特定の損害項目のみを請求するとは記載されていたが、残部請求を留保することを明記していないなかった。特定一部請求では、前訴の訴状にて、他の請求項目を請求する可能性があると記載することは少ないと思われる。しかし、請求項目の発生時期が異なり後訴が紛争の蒸し返しになることが少ないケースでは、原告の後訴請求の必要性と、被告の重複応訴の負担のバランスを考慮して、一部請の明示があるか、が評価される。
参考
名津井吉裕ほか 「事例で考える民事訴訟法」219頁以下
数量的一部請求
(1)数量的一部請求は、数量的に可分な債権に対して、残りの部分を後日請求することを前提として、その一部を請求する一部請求である。
(2)例えば、「原告が被った損害は1億円を下らないが、今回はそのうち1000万円を請求する。」という場合がある。
(3)例えば、「100万円を貸したが、30万円の弁済を受けたので、70万円を請求する。」という場合がある。
(4)一部請求であるかどうかは、「請求原因や、よって書き」等の訴状の全体の記載において明らかにすれば足りる。
例 よって、原告は被告に対し、金銭消費貸借に基づく貸金返還請求権について、貸金100万円について30万円の返済を受けたことから、残額30万円の支払いを請求する。 |
明示の程度
(1)一部請求であることの明示とは、「訴状等の記載により、後日、残部請求をする可能性がることを被告が予測できる内容であるか」が、ポイントとなる。
(3)数量的一部請求の場合、一部請求であることを積極的に明示する必要がある。
(4)これに対して、特定一部請求については、「一部請求であること、後日、残部請求を請求する可能性があること」を明示することは強く要請されない。
特定一部請求とは、前訴では交通事故の物損を、後訴では人損だけを請求するような場合の前訴の請求である。請求項目が異なるために、後訴が紛争の蒸し返しになる部分は少ないこともあり、原告の分割請求の利益と、被告の重複応訴の負担のバランスをとる必要があるからとされる。
参考
名津井吉裕ほか 「事例で考える民事訴訟法」223頁
(1)人身損害賠償請求訴訟の確定後に、予測し得なかった後遺症が発生したような場合、明示のある一部請求の問題であるから、当該後遺障害に係る損害賠償請求を認められる(最判昭和42年7月18日民集21巻6号1559頁)。 (2)同判例も、後訴訟を認めるかについて、原告の後訴を認める利益と、被告の応訴の負担のバランスを明示一部請求の判例の一つである。 |
残部請求
(1)黙示の一部請求は「一部請求である。後日、残部を請求する可能性がある。」と明示しない一部請求である。例えば、損害賠償請求をしていたが、損害項目を見直した結果、請求額が増やすために訴えの変更の手続を行って請求額を増やすことが考えられる。
前の訴訟が黙示的一部請求債権であったとして、その確定後に、債権の残部について後訴を提起することは許されない (最判昭和32年6月7日民集11巻6号948頁)。
(1)判例は、「黙示一部請求の場合には残部請求についても既判力が及ぶため、後訴での残部は認められない」と判示した。 (2)しかし、既判力が及ぶとしても、どのような理屈から後訴を提起することが許されなくなるかは、判例の理屈は不明である。 参考 名津井吉裕ほか 「事例で考える民事訴訟法」217頁、218頁 |
(2)明示的一部請求については、その一部請求のみが訴訟物となる (最判昭和34年2月20日民集13巻2号209条)。前訴での一部請求の判決が確定しても、残部について後訴を提起することができる。
(3)数量的一部請求について全部又は一部について敗訴し、同判決が確定した場合、原告は、その債務全体について、前訴の認容額を超えては存在しないことについて審理を受けている。したがって、その残部について後訴を提起することは、 信義則に反して許されない(不適法却下)(最判平成10年6月12日民集52巻4号1147頁)。
一部請求と時効
(1)黙示の一部請求は「一部請求である。後日、残部を請求する可能性がある。」と明示しない一部請求である。例えば、損害賠償請求をしていたが、損害項目を見直した結果、請求額が増やすために訴えの変更の手続を行って請求額を増やすことが考えられる。
黙示的一部請求である場合には、訴えの変更後の請求額(残額請求を含む)は、変更前の一部請求により裁判所の審理対象となっている(民法147条の1項1号の「裁判所の請求」請求手続がとられている)から、時効は完成しない(最判昭和45年7月24日民集24巻7号1177頁)。
(2)明示的一部請求については、その一部請求のみが訴訟物となる。しかし、明示的一部請求について、特段の事業がない限りは(一部請求の訴え提起が残部の請求との関係で民法147条1項2項の支払督促にあたるので)一部請求訴訟の終了後6か月位以内に残部請求の訴えを提起すれば、時効は完成しない(最判平成25年6月6日民集67巻5号1208頁)。
弁済、相殺、 過失相殺等
(1)明示的一部請求については、その一部請求のみが訴訟物となる (最判昭和34年2月20日民集13巻2号209条)。
(2)明示的一部請求について、被告が弁済、相殺、 過失相殺等の抗弁を提出した場合に,この弁済等は債権のどの部分に充当されるか。
弁済等は、債権全額に充当され,、その残額の範囲で原告の請求が認容される。 例えば100万円のうち70万円を請求している場合に、60万円の弁済が認められたとすると残額は100万円-60万円=40万円であるから、40万円の範囲で請求が認容される(外側説)(最判昭和48年4月5日民集27巻3号419頁、最判平成6年11月22日民集48巻7号1355頁 )がある。
明示的一部請求と、相殺の主張
明示的一部請求の訴訟中に、その債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を提出することは、特段の事情がない限り許される (最判平成10年6月30日民集52巻4号1225頁)。
(1)この判決については、最判平成3年12月17日民集45巻9号1435頁(別訴訟で請求している請求について、相殺の抗弁として主張することは許されない、とする判例。)と矛盾する、という批判もある。 これに対しては、以下のような反論が考えられる。 (2)ある訴訟で請求している請求について、別の訴訟にて、相殺の抗弁として主張することは許されないのは、相殺の主張が認められた場合に、既判力(114条2項)が生じうることがあり、かつ、その既判力が矛盾する可能性があるからである。 そもそも、二重起訴が問題となるのは、別訴訟も当事者が同一となる事案であるから、既判力の抵触の可能性について見逃される可能性は少なく、裁判所は、事件の移送、弁論の併合(152条1項)、訴訟の事実上の中止など、多様かつ柔軟な対応が可能であるから、二重起訴で禁止される範囲は、二つの訴訟の訴訟物が同じものに限って考えてよい。 (3)明示的一部請求については、その一部請求のみが訴訟物となる (最判昭和34年2月20日民集13巻2号209条)。したがって、別訴訟での相殺の主張についての判断との関係で既判力は衝突しないからである。 (4)したがって、訴訟物が違うために、既判力の抵触は起きないが、実質的に争点が同じで、両判決の判断が矛盾しそうなケースと同じく考えて、事件の移送、弁論の併合(152条1項)、訴訟の事実上の中止など、多様かつ柔軟な対応をすべきである。 参考 長谷部由起子ほか「基礎演習民事訴訟法 <第3版> 」71頁、72頁 |
参考
岡口基一「要件事実マニュアル(第7版)第1巻 総論・民法1」114頁以下