【重要判例】判例(文書の成立に関する証拠の提出についての釈明権)
2025/04/21 更新
文書の成立に関する証拠の提出についての釈明
最判平成8年2月22日判時1559号46頁 1 事案 A所有の不動産について、当初Xが1番、Yが2番抵当権者であったが、その後順位変更登記がされてY が 1番、Xが2番抵当権者となった。 (2)XはYに対して、順位変更の合意はなかったとして、 順位変更登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した。 2 第一審 (1)第1審での争点は、XとY の間で抵当権順位変更の合意をした事実が認められるかであった。 (2) Yが提出した抵当権順位変更契約書には、X社の代表者B名義の署名があった。 Xは、X 代表者 B の署名が同書に署名したことは否認した。 (3)Yは、X 代表者 B の署名がB本人の自署によるものかを判断するために必要であるとして筆跡鑑定の申立てをした。 (3)第一審は、筆跡鑑定の申出を採用することなく、X作成名義の真正を認め、Yの抗弁事実を入れて請求を棄却した。 3 控訴審 (1)Yは、準備書面にて、「抵当権順位変更契約書についてX作成名義部分に疑問がある場合には、Yが第一審において筆跡鑑定の申し出を事情を考慮して釈明権の行使に十分配慮してほしい。」と述べていた。 (2)控訴審は、Yに対し筆跡鑑定を申し立てるかを確認することなく、人証のみに基づいてX作成名義部分が真正に成立したとはいえないと判断し、Y 抗弁事実を排斥し、第1審判決を取り消して請求を認容した。 4 判決 「(i)本件の主要な争点は、 Y と X社が抵当権の順位を変更する旨の合意 をしたとのY主張の抗弁事実が認められるかどうかの点にある。 そして、この抗弁事実の認定については、 乙1 (抵当権順位変更契約証書)の X社作成名義の部分にある X 社代表者の 「B」の署名が本人の自署によ るものであるかどうかが重要な意味を有する。 」 「(ii)Yは、第1審においてこれについて筆跡鑑定の申出をしたが、 第1審は、これを採用することなく、 乙1のX社作成名義部分が真正に成 立したものであると認定し、 上記の抗弁事実を認めて、 X社の請求を 棄却した。 これに対し、 原審は、 筆跡の点について特段の証拠調べをす ることなく、 乙1のX社作成名義の部分が真正に成立したものとは認 められないとして抗弁を排斥し、 第1審判決を取り消して X社の請求を認容した。」 「(iii) しかし、 第1審で勝訴したY は、 原審であらためて筆跡鑑定の申出 をしなかったものの、 原審第2回口頭弁論期日において陳述した準備書 面によって、 原審が乙1のX社作成名義の部分の成立に疑問があると する場合には、 Yが第1審において筆跡鑑定の申出をした事情を考慮して釈明権の行使に十分配慮されたい旨を求めていた。 」 「(iv) そして、 乙1の 「B」の署名の筆跡と第1審における X社代表者尋問の際にBが宣誓書にした署名の筆跡とを対比すると、 その筆跡が明らかに異なると断定することはできない。」 「(v) このような事情の下においては、 原審は、すべからく、Yに対し、あらためて筆跡鑑定の申出をするかどうかについて釈明権を行使すべきであったといわなければならない。 原審がこのような措置に出ることな くYの抗弁を排斥したのは、 釈明権の行使を怠り、 審理不尽の違法を 犯したものというほかなく、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 5 解説 (1)第一審で、被告は、X作成名義の真正の立証に成功している。したがって、控訴審(原審)では、裁判所が立証の必要性を何らかの形で伝えない限り、積極的に筆跡鑑定を再度申し立てることは期待できなかった。また、被告は、準備書面にて、「抵当権順位変更契約書についてX作成名義部分に疑問がある場合には、Yが第一審において筆跡鑑定の申し出を事情を考慮して釈明権の行使に十分配慮してほしい。」と述べていた。 (2)筆跡鑑定は、一般に信用性に問題があるとされるが、筆跡鑑定を行えば、Yにとって有利な鑑定結果が得られて勝敗が逆転する可能性があった。 (3)したがって、上記のような状況で、控訴裁判所が、鑑定の申し出をするかどうか、釈明しなかったことは違法であるとされた。 参考 山本和彦ほか「Law Practice 民事訴訟法〔第5版〕」158頁以下 田中豊「論点精解民事訴訟法 要件事実で学ぶ基本原理」196頁以下 |
私見
(1)最判昭和46年6月11日民集24巻6号516頁を考慮すれば、釈明権の不行使が違法となるのは、①提出ずみの証拠等からすれば出されるべき結論と、当事者が主張しないことによって、弁論主義等の問題から裁判所が出すことができる結論に違いがあり、②当事者が主張を正せば、その結果が大きく異なり、③そのような主張をしないことが明らかに原告の誤解または不注意と認められるようなときということになるだろう。
(2)証拠提出については、当事者の責任である。本来、提出ずみの証拠等を前提に、裁判所がこれらの証拠からみて出すべき結論と、当事者が主張しないことによって、弁論主義等の問題から裁判所が出すことができる結論に違いがある場合が、釈明権を発動するべきかどうかが問題ととなる。
(3)しかしながら、本件は、証拠提出を催促しなかったことの違法である。
(4)私見にはなるが、①当事者に提出を提出を促する証拠の結論によっては、現時点での証拠により抱いている裁判所の結論と大きな違い生じることがありえること、②裁判所が、当事者に対し証拠提出をしないか、促さないことが、公平を害すると考える事情がある場合に限り、裁判所は証拠提出を促さなければ、釈明義務違反となる、と考えてよいだろう。
(5)判例の解説でも、以下の事情がポイントとなると指摘されており、同様に考えていると思われる。
(1)第一審で、被告は、X作成名義の真正の立証に成功している。したがって、控訴審(原審)では、裁判所が立証の必要性を何らかの形で伝えない限り、積極的に筆跡鑑定を再度申し立てることは期待できなかった。また、被告は、準備書面にて、「抵当権順位変更契約書についてX作成名義部分に疑問がある場合には、Yが第一審において筆跡鑑定の申し出を事情を考慮して釈明権の行使に十分配慮してほしい。」と述べていた。 (2)筆跡鑑定は、一般に信用性に問題があるとされるが、筆跡鑑定を行えば、Yにとって有利な鑑定結果が得られて勝敗が逆転する可能性があった。 |