遺言書に納得がいかず、遺言無効確認訴訟を検討される際、大きな争点となるのが「遺言能力(遺言の内容やその法的効果を理解し、判断できる能力)」の有無です。被相続人が高齢であったり認知症を患っていたりした場合、その判断能力を証明する客観的な証拠として医療記録が重視されます。
中でも、裁判において強力な証拠となるのが「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」の検査結果です。本記事では、HDS-Rの点数が遺言無効確認訴訟において何を意味するのか、具体的な点数の読み解き方と法的判断への影響について詳しく解説します。
HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)とは何か
HDS-Rは、日本の臨床現場で広く使われている認知症のスクリーニング検査です。30点満点で構成されており、点数が低いほど認知機能の低下が疑われます。
一般的なカットオフ値(目安)として、20点以下である場合、認知症の疑いが高いと判断されます。しかし、法律上の「遺言能力」の有無は、医学的な認知症の診断名や特定の点数だけで機械的に決まるものではありません。裁判所は、遺言を作成した当時に、自分の財産や相続人に対する配慮を正しく理解し、自らの意思で意思決定ができたかどうかを総合的に評価します。そのため、HDS-Rの総点数だけでなく、どの設問で点数を落としているか(下位項目の分析)が非常に重要視されます。
30点満点中20点以下の意味と遺言能力への影響
HDS-Rで20点以下のスコアが記録されている場合、遺言能力が否定される可能性がかなり高まります。
認知機能が低下している状態では、複雑な法律行為である遺言書の作成にあたり、その結果を十分に予測・理解することが困難になるためです。ただし、訴訟においては「20点以下だから無効」と自動的に認められるわけではありません。
被告側(遺言の有効性を主張する側)から、「検査の前後には明確に会話ができていた」「一時的な体調不良によるものである」といった反論がなされることも珍しくありません。したがって、原告側(遺言の無効を主張する側)としては、総点数の低さを指摘するだけでなく、次に解説する個別項目の内容を突き詰めて立証していく必要があります。
特に注目すべき「見当識」と「遅延再生」の点数
HDS-Rの設問の中で、遺言能力の有無を判断する上で決定的な意味を持つのが「見当識(けんとうしき)」と「遅延再生(ちえんさいせい)」の項目です。
見当識障害が示すもの(日付や場所がわからない)
見当識とは、現在の「時間(年・月・日・曜日・時)」や「場所(ここはどこか)」を正しく認識する能力のことです。
- 今日が何年何月何日かわからない
- 今いる場所を正確に認識できていない
このような見当識の障害が強く見られる場合、自分が生きている時間軸や状況を把握できていないことになります。遺言書は「将来の財産の行方を定める」という高度な時間的・空間的認識を必要とするため、見当識に重大な障害がある場合は、遺言能力が否定されやすい傾向にあります。
遅延再生障害が示すもの(記憶の保持と想起の困難)
遅延再生とは、少し前に提示された言葉(例えば「桜、猫、電車」など)を、しばらく時間を置いてから思い出せるかを試す検査です。
- 直前の出来事を記憶にとどめておけない
- 新しい情報を忘れてしまう
遺言の文脈において、この遅延再生の点数が低いことは、「誰にどの財産をどれだけ遺すか」という自身の意思を継続して保持・想起することが困難であった状態を強く推認させます。例えば、誰かに言われるがままに遺言書に署名したとしても、その内容を自分の記憶として定着させ、自らの意思として維持できていたかどうかに重大な疑いが生じます。
カルテや看護記録との組み合わせが勝負の分かれ目
HDS-Rのテスト結果単体でも有力な証拠となりますが、遺言無効確認訴訟を有利に進めるためには、他の医療・介護記録との組み合わせが不可欠です。
- 主治医が作成したカルテの記載内容
- デイサービスや介護施設での日々の様子がわかる看護・介護記録
- ケアプランや認定調査票における特記事項
これらの資料から、HDS-Rを実施した前後において、日常的にどのような認知症状があったのかを客観的に裏付けることが重要です。例えば、「検査では20点以下であり、さらに介護記録には『今日が何日か分からない』『自分の家が分からず徘徊した』との記載が複数ある」といった状況証拠が揃うことで、裁判官に対する説得力は飛躍的に高まります。
まとめ:専門弁護士による総合的な立証活動が必要
遺言無効確認訴訟におけるHDS-Rの読み解きには、単なる医学的な知識だけでなく、過去の裁判例を踏まえた法的な分析が不可欠です。「20点以下」という数字は遺言無効を主張する上で強力な武器となりますが、それをどのように活かし、見当識や遅延再生の失点を遺言能力の欠如へと結びつけるかは弁護士の技量に左右されます。
もし、被相続人の遺言書作成時の認知機能に疑問があり、HDS-Rのスコアやカルテを入手されている場合は、相続問題や遺言無効訴訟に精通した弁護士へ早めにご相談されることを強くお勧めいたします。
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