遺言書の作成や効力をめぐるトラブルにおいて、被相続人の認知機能の状態は非常に重要な争点となります。特に、生前の脳の画像検査であるMRIやCT、およびVSRAD解析の結果は、遺言能力の有無を判断する上で強力な客観的証拠となります。
本記事では、VSRAD解析が示すアルツハイマー病の進行度と、それが遺言能力の有効性にどう影響するのかを分かりやすく解説します。
VSRAD解析による海馬萎縮と遺言能力の法律関係
遺言書が有効とされるためには、被相続人に「遺言能力(自分の行為の結果を弁識し得る精神能力)」が備わっていなければなりません。
民法上、高齢や病気であることを理由に直ちに遺言能力が否定されることはありませんが、アルツハイマー型認知症などの進行によって意思能力が失われていたと認められる場合には、遺言書無効確認の訴え等により法的効力が否定されることがあります。
その際、医学的な客観証拠として裁判所等に提出されるのが、脳のMRI画像を用いたVSRAD(早期アルツハイマー型認知症診断支援システム)の解析結果です。
VSRADスコア(Zスコア)が意味するもの
VSRADは、脳の記憶をつかさどる「海馬」の萎縮の程度を、同年代の健康な人のデータと比較して数値化するシステムです。
- Zスコアが0〜1未満: 正常範囲内
- Zスコアが1〜2未満: 軽度の萎縮が見られる疑いあり
- Zスコアが2.0以上: 明らかな海馬の萎縮があり、アルツハイマー型認知症の初期〜進行期に特有の変化が強く疑われる
一般的に、Zスコアが2.0以上、さらには3.0を超えるような高い数値が検出された場合、脳の器質的な病変が相当程度進行していると医学的に評価されます。
VSRAD解析結果が無効主張の強力な武器になる理由
相続争いにおいて、遺言書の無効を主張する側は「被相続人に遺言能力がなかった」ことを立証しなければなりません。日常の曖昧な言動だけでは「記憶違い」として片付けられてしまうこともありますが、客観的な画像データは非常に有力です。
1. 医師による客観的な医学的診断の裏付けとなる
VSRAD解析は、主観的な記憶や曖昧な証言に頼らない数値データです。この数値が高いことは、遺言書を作成した当時、記憶障害や判断力の低下を引き起こす脳の病変が確実に存在していたことを示す強力な証拠となります。
2. 時系列での病状の推移を証明できる
遺言書が作成された時期と、VSRAD検査が実施された時期が近いほど、その信憑性は高まります。仮に検査で重度の萎縮が確認されていれば、その前後の時期における遺言能力の欠如を推認させる強い根拠となります。
VSRADスコアが高くても遺言が有効と判断されるケースとは
ただし、医療上の「海馬の萎縮」と、法律上の「遺言能力の有無」は必ずしも1対1で完全に一致するわけではありません。裁判実務においては、以下の要素が総合的に考慮されます。
- 遺言内容の複雑さ: 全財産を特定の長男に相続させるというシンプルで長年の意思に沿った内容であれば、比較的低い遺言能力でも有効と認められやすい傾向にあります。
- 作成時の具体的な状況: 公証人が遺言者と直接面談して作成した公正証書遺言である場合や、作成当時のビデオ通話・録音などで意思疎通が明確にとれていたことが証明できれば、VSRADの数値が高くても有効と判断される余地があります。
- 医師の臨床診断: 画像所見だけでなく、担当医が作成した当時のカルテや長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、MMSEなどの認知機能テストの点数もあわせて審査されます。
遺言能力をめぐるトラブルへの法的アプローチ
親の遺言書に疑問があり、開示されたMRIやVSRADのデータで高い萎縮値が判明した場合、まずは慌てずに証拠を収集することが重要です。
- 医療カルテや画像データの保全(証拠保全の手続き)
- 専門医(精神科医や脳神経外科医)による医師鑑定の実施
- 生前のカルテに基づく遺言能力の有無に関する法的分析
遺言能力の有無は高度な医学的・法律的判断を要する複雑な問題です。VSRADスコアの数値をもとに遺言の有効性を争いたい場合、あるいは有効性を守りたい場合は、相続問題や医事法務に精通した弁護士へ早期にご相談ください。
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