遺産分割協議が進む中で、亡くなった被相続人の預貯金が勝手に引き出されていることが発覚し、銀行に行くと見知らぬ自署のある「払戻請求書」や「委任状」が出てきて愕然とした……。このような相続トラブルは、決して珍しくありません。
他の相続人によって不正に作られた書類の署名に対し、泣き寝入りする必要はありません。「筆跡鑑定」を活用することで、書類上の署名が偽造されたものであることを科学的に証明できる可能性があります。
本記事では、銀行から払戻請求書の原本を開示してもらい、筆跡鑑定によって偽署名を暴く手法について、法律と実務の観点から分かりやすく解説します。
銀行における「払戻請求書」の原本開示と証拠保全
故人の預貯金が不正に引き出された疑いがある場合、最初にすべきことは金融機関に対する証拠の確保です。
払戻請求書の開示請求のステップ
窓口で「お金が勝手に下ろされている」と伝えても、銀行は個人情報保護やトラブル回避の観点から、簡単には書類を見せてくれないことがあります。しかし、相続人は相続財産の権利者であるため、本来は開示を受ける正当な理由があります。
- 銀行への開示依頼 戸籍謄本や除籍謄本など、相続人であることが証明できる書類を持参し、問題の取引に関する払戻請求書や委任状の開示を求めます。
- 弁護士を通じた請求・証拠保全 銀行が任意での開示に応じない場合は、弁護士会照会(23条照会)を用いるか、裁判所に対して「証拠保全」の申し立てを行います。証拠保全が認められれば、銀行側が書類を隠滅・改ざんする前に、裁判所の執行官が客観的な証拠として原本を確保することができます。
筆跡鑑定とは?偽署名を暴く仕組みと信頼性
原本が手に入ったら、次はそれが本当に故人が書いたもの(真筆)か、第三者が真似して書いたもの(偽造)かを科学的に検証します。ここで用いられるのが「筆跡鑑定」です。
筆跡鑑定の基本的な手法
筆跡鑑定人は、問題となっている書類の署名(筆跡)と、故人が生前に書いた確実な直筆資料(比較資料)を徹底的に比較・分析します。
分析の主なポイントは以下の通りです。
- 文字の「ハネ」「トメ」「払い」の癖
- 字の傾きや全体のバランス、プロポーション
- 筆圧の変化(強い部分、弱い部分)
- 文字と文字の連続性や配字の癖
これらを専用の顕微鏡や画像解析ソフトを用いて多角的に比較し、「同一人物による筆跡とは認められない(偽造の可能性が極めて高い)」といった論理的な鑑定書を作成します。
筆跡鑑定を依頼する際の注意点
筆跡鑑定の精度を高めるためには、「比較資料(対照資料)」の質と量が極めて重要です。
- 故人が生前に書いた日記、手紙、遺言書、役所に提出した書類の控えなどを用意する。
- 問題の署名が書かれた時期に近い時期の資料を選ぶ(年齢や体調による筆跡の変化を考慮するため)。
- 信頼性の高い、実績のある民間の鑑定機関や専門家に依頼する。
なお、裁判において筆跡鑑定書は強力な客観的証拠となり得ますが、裁判官の心証を左右するためには、単に「似ていない」という主観ではなく、専門的根拠に基づいた緻密な鑑定書であることが不可欠です。
不正な払戻しが発覚した後の法的な対応
筆跡鑑定によって委任状や払戻請求書の偽造が明らかになった場合、泣き寝入りする必要はありません。法的な手段に移行し、不正に持ち出された財産を取り戻す手続きを進めます。
不当利得返還請求や損害賠償請求
勝手に預金を引き出した人物に対し、民法上の不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求を行います。遺産分割協議の場において、偽造された事実と筆跡鑑定書を突きつけることで、相手方に不正を認めさせ、遺産分割の交渉を有利に進めることが可能です。
刑事告訴という選択肢
文書の偽造(有印私文書偽造・同行使罪)や、預金の窃盗(窃盗罪・詐欺罪)にあたる可能性が高い場合、警察に刑事告訴を行うことも視野に入ります。刑事事件としての捜査が入ることで、当事者が心理的に追い詰められ、早期の解決につながるケースもあります。
まとめ:専門家のサポートを得て適正な遺産分割を取り戻そう
勝手に作られた委任状や払戻請求書による預金の不正引き出しは、他の相続人の権利を侵害する重大な行為です。「銀行が通したから仕方がない」「証拠がないから諦めるしかない」と思い込む必要はありません。
原本の確保から筆跡鑑定の依頼、そして法的な遺産分割の交渉や訴訟に至るまで、個人で対応するには大きな精神的・時間的負担が伴います。相続トラブルや証拠収集に精通した弁護士などの専門家に早めに相談し、的確なステップを踏むことで、大切な相続財産と正当な権利を取り戻しましょう。
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