遺産分割調停の手続きを進める中で、他の相続人から被相続人の預貯金を引き出された「使い込み(使途不明金)」が発覚するケースは少なくありません。遺産分割で公平な分け合いを実現するためには、この使途不明金をどう扱うかが重要な課題となります。
通常、使い込みの有無や金額について争いがある場合、地方裁判所へ別途民事訴訟を起こして解決するのが原則とされてきました。しかし、裁判を起こすとなれば多大な時間と費用がかかります。
実は、家庭裁判所で行われる遺産分割調停の枠組みを利用し、当事者間の合意によって使い込み問題を清算する方法があります。今回は、訴訟を起こさずに調停内でスマートに解決する手法について解説します。
遺産分割調停での「合意による清算」とは?
被相続人の生前、特定の相続人が勝手に預金を引き出していた場合、そのお金は「すでに使われてしまったもの」であっても、法的な性質によっては遺産の一部とみなすことができます。
本来、家庭裁判所の遺産分割調停は「現在残っている遺産」を分ける場所であり、過去の使い込みによる金銭の移動を強制的に審理する権限はありません。そのため、従来の裁判所実務では「まずは地裁で不当利得返還請求訴訟などを起こしてください」と案内されるのが一般的でした。
しかし、当事者全員が話し合いに前向きであり、使い込みの事実や金額について事実上の合意(あるいは譲歩)ができるのであれば、調停の中で一括して解決を図ることが認められています。これを実務上「合意による清算」と呼びます。
なぜ別訴を避けて調停内で解決するべきなのか
使い込みを巡る争いで民事訴訟を提起すると、判決が出るまでに1年以上かかることも珍しくありません。さらに、訴訟費用や弁護士費用も膨らみます。
家庭裁判所の調停手続内で解決できれば、以下のような大きなメリットがあります。
- 遺産分割と使い込みの精算を一つの手続きで同時に完結できる
- 訴訟に比べて心理的・時間的負担を大幅に軽減できる
- 相続人同士の合意に基づいているため、将来的な禍根を残しにくい
調停内における具体的な清算の仕組み(持ち戻し計算)
調停の中で使い込みを清算する場合、主に「持ち戻し計算(みなし相続財産の調整)」という手法が使われます。
これは、実際に今残っている遺産に、使い込みによって減ってしまった金額を「足し戻して」本来の相続財産額をみなし、最終的な取り分を調整する方法です。
具体的なシミュレーション
例えば、相続人が長男と長女の2人で、現在の遺産が1,000万円残っているケースを想定します。しかし、長男が生前に被相続人の口座から無断で500万円を引き出して使っていたことが判明しました。
- 持ち戻し計算の実施:本来の遺産総額を「現在の遺産1,000万円 + 使い込み金500万円 = 1,500万円」と仮定します。
- 本来の取り分の算定:法定相続分通りであれば、それぞれの取り分は750万円ずつになります。
- 最終的な調整:すでに500万円を持ち逃げしている長男は、残りの中から250万円を受け取り、長女は750万円を受け取ります。
結果として、長女は本来受け取るべき750万円をしっかりと確保でき、長男もこれに同意することで、別裁判を起こすことなく公平な分け合いが実現します。
調停内で使い込みを合意解決するための重要ポイント
家庭裁判所の調停でこの「合意による清算」を成功させるためには、いくつかの重要なステップと注意点があります。
1. 証拠を揃えて使い込みの事実を明確にする
相手が使い込みの事実を認めていない場合、口頭で「使ったはずだ」と主張しても調停は進みません。以下のような客観的証拠をあらかじめ集めておく必要があります。
- 被相続人の生前の預貯金通帳のコピー(過去の出入金履歴)
- 医療機関や施設に入居していた時期の確実な支出データ
- 本人の判断能力が低下(認知症など)していた時期の特定
客観的な証拠を突きつけることで、相手側も「裁判で争うより調停内で話し合った方が得策だ」と判断しやすくなります。
2. 調停調書に「清算条項」を正確に記載する
当事者間で合意ができたら、最終的に「調停調書」という公文書を作成します。この調書には、使い込み金の精算が完了したこと、および「今後この件に関して互いに一切の民事上の請求をしない(清算条項)」という文言を必ず盛り込まなければなりません。
この条項が抜けていると、後から「やっぱりあの使い込み分は納得がいかない」と再びトラブルになる恐れがあります。
3. 近年の法改正を踏まえた不動産等の手続きへの影響
なお、遺産分割がまとまった際には、2024年4月から義務化された相続登記の申請が必要となります。使い込みの清算を含めた遺産分割協議書や調停調書は、不動産の登記手続きや、2026年4月にスタートする住所変更登記義務化を見据えても、正確に作成しておくことが不可欠です。
手続きに不備があると、後々の不動産売却や名義変更の際に大きな支障をきたすため注意しましょう。
まとめ
遺産分割調停の中での使い込み(使途不明金)の「合意による清算」は、裁判という泥沼を回避し、迅速かつ円満に相続を終わらせるための非常に有効な手段です。
ただし、相手が使い込みを頑なに否定する場合や、証拠が不十分な状況では、スムーズな合意形成が難しくなります。また、持ち戻し計算の方法や調停調書の書き方には高度な専門知識が求められます。
使途不明金が絡む複雑な遺産分割でお悩みの方は、ぜひ一度、相続問題に強い弁護士にご相談ください。最適な解決へのロードマップをご提案いたします。
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