遺言書を発見したものの、その内容に納得がいかないというケースは少なくありません。「故人が認知症だったため遺言能力がなかったのではないか」「一部の相続人にしか財産が残されていない不公平な内容だ」といった疑問や不満を抱えたとき、法的な手段として検討されるのが裁判手続きです。
しかし、裁判を起こすにあたって、どの請求をどのように組み立てるべきかという戦略は極めて重要です。本記事では、「遺言無効の訴え」と「遺留分侵害額請求」という2つの法的主張を予備的に組み合わせて提訴する高度な技術について、分かりやすく解説します。
遺言無効の訴えと遺留分侵害額請求の併合とは
遺産相続の現場では、「そもそもこの遺言書は無効だ」と主張したい場面と、「仮に有効だとしても、法律で保障された最低限度の取り分(遺留分)だけは確保したい」という場面の双方が生じます。これらを同時に、矛盾しない形で訴状に盛り込むのが「予備的併合」という法的手法です。
この技術を知ることで、裁判で「全も負け」のリスクを回避し、依頼者の正当な権利を多角的に守ることが可能になります。
なぜ両方の主張を組み合わせる必要があるのか
遺言書の内容に不服がある場合、単に「遺言無効の訴え」だけを単独で提起することも可能です。しかし、遺言の有効性を争う裁判(遺言無効確認請求訴訟など)は、故人の遺言能力の有無や自署性、意思表示の自由などについて厳格な立証が求められ、裁判で無効判決を得るハードルは決して低くありません。
もし「遺言無効」の主張だけに絞って裁判に負けてしまった場合、結果として一切の遺産を取得できなくなってしまうおそれがあります。
一方、遺留分侵害額請求は、原則として遺言の有効性を前提とする権利です。「遺言は有効だが、自分の遺留分が侵害されている」として金銭の支払いを求めるものですが、これ単体を主張すると、暗に「遺言が有効であること」を認めてしまうように見えるジレンマが生じます。
そこで、これらを矛盾なく組み合わせる法的技術が必要となります。
「主主張」と「予備的主張」の構造
訴状における具体的な構成は以下の通りとなります。
- 主主張(第一の請求):遺言書は無効であるため、法定相続分に応じた遺産の分割を求める
- 予備的主張(第二の請求):万が一、裁判所が遺言書は有効と判断した場合に限り、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを求める
このように組み立てることで、原告側の「まずは遺言を覆して全額を取り戻したい、しかし最悪の場合でも遺留分だけは死守したい」という正当な二段構えの防御が可能になります。
最新の法改正と実務における注意点
相続に関する法制度は近年大きな変革期を迎えており、訴訟提起やその後の手続きにおいても最新の法令への配慮が不可欠です。
相続登記義務化との関係性
2024年4月から相続登記の申請が義務化され、さらに2026年4月からは住所変更登記の義務化も控え、不動産の権利関係を迅速に確定させる必要性が高まっています。
遺言無効の訴えや遺留分侵害額請求の係属中は、不動産の帰属先が定まらないため登記手続きが進まないケースがあります。しかし、義務化のルールや過料のペナルティを踏まえると、係属中の登記名義の管理や、和解・判決後の速やかな登記申請を見据えた訴訟戦略が求められます。
遺留分侵害額請求の消滅時効への配慮
遺留分侵害額請求権には、相続の開始および「遺留分を侵害する贈与または遺言があったことを知った時」から1年間という短い消滅時効(および相続開始から10年の除斥期間)が定められています。
遺言無効の訴えを検討しているうちに、この1年の時効期間が経過してしまうリスクがあります。そのため、まずは遺留分侵害額請求の意思表示を内容証明郵便などで確実に行った上で、裁判手続きを進める、あるいは裁判の中で予備的請求として適切に主張をレイアウトすることが、権利を守る上で極めて重要です。
複雑な遺言をめぐる紛争は専門的な訴訟技術が不可欠
「遺言無効の訴え」と「遺留分侵害額請求」を予備的に組み合わせて提訴する技術は、依頼者の利益を最大限に守るための非常に洗練された法的手法です。
しかし、この構成を素人が正確な訴状として作成し、裁判所で立証していくことは極めて困難です。遺言の有効性を裏付ける医学的資料(カルテや介護記録など)の収集や、遺留分の正確な価額算定など、多角的な専門知識が求められます。
遺言書の内容に納得がいかず、法的な手段を検討されている場合は、相続トラブルや訴訟実務に精通した弁護士へ早い段階で相談し、隙のない権利主張の組み立てを依頼することをお勧めします。
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