相続が発生した際、故人の遺言書の内容に納得がいかなかったり、特定の相続人に遺産が偏っていたりする場合に問題となるのが「遺留分侵害額請求」です。しかし、この請求を進めようとする過程で、遺産の分け方自体がまとまらず「遺産分割調停」の申し立てを同時に検討せざるを得ないケースは少なくありません。
これらの法的手続きを同時に進める場合、「どちらを優先すべきか」、あるいはどのようにスケジュールを組むべきかという実務的な判断が非常に重要になります。本記事では、裁判所の管轄の違いや弁護士が主導する裁判実務の視点から、最適な進め方を分かりやすく解説します。
遺留分侵害額請求と遺産分割調停は同時に進めるべき?
遺産相続の現場では、遺言によって自分の最低限の取り分(遺留分)すら侵害されているケースが見受けられます。この侵害額を取り戻すための遺留分侵害額請求権と、具体的な遺産の分け方を話し合う遺産分割は、密接に関係し合っています。
結論から申し上げますと、どちらか一方だけを完全に終わらせてからもう一方に着手するのではなく、時効の管理と全体的な財産評価を見据えながら、同時並行で進めるのが実務の標準です。ただし、手続きを行う裁判所や求められる専門的知識が異なるため、法的知識のない一般の方だけで進めるのは非常に困難を伴います。
手続きの管轄と性質の違い
両者を同時に進めるにあたって、最初に理解しておかなければならないのが「裁判所の管轄」と手続きの性質の決定的な違いです。
遺産分割調停は「家庭裁判所」の管轄
遺産分割調停は、相続人全員で遺産の分け方を話し合うための手続きであり、家庭裁判所に申し立てます。ここでは、誰がどの財産をどれだけ取得するのか、不動産の評価額はどうするのかといった「遺産の全体像」をクリアにする場となります。
遺留分侵害額請求(訴訟)は「地方裁判所または簡易裁判所」の管轄
一方、遺留分侵害額請求は、金銭の支払いを求める民事上の請求です。話し合いで解決せず裁判上の請求(訴訟や調停)に移行する場合、請求額に応じて地方裁判所または簡易裁判所が管轄となります。家事事件を扱う家庭裁判所とは異なる場所で手続きが進むため、この「管轄の二元化」が手続きを複雑にする大きな要因となります。
なぜ同時並行の判断が難しいのか?
遺留分侵害額請求と遺産分割調停を同時に進める際、現場の弁護士が直面する最大の難しさは「遺産の正確な価額が確定しないと、請求すべき具体的な金銭額が算出できない」という点にあります。
遺留分侵害額請求権を行使する場合、相手方に請求するのは「金銭(お金)」です。しかし、その金額を正確に弾き出すためには、遺産に含まれる不動産や非上場株式などの評価額が確定していなければなりません。
- 遺産分割調停の中で不動産の評価額について争いがある
- 故人の生前贈与や特別受益の有無で意見が対立している
このような状況下では、遺産分割の結論が出る前に遺留分侵害額の金額を確定させることは困難です。そのため、実務では家庭裁判所での遺産分割調停の進行状況を見極めつつ、地方裁判所での訴訟や交渉のタイミングを慎重に計ることになります。
弁護士が主導する裁判実務の戦略
これらの複雑な手続きを有利に進めるためには、法的な期限の管理と裁判所の使い分けに関する高度な戦略が不可欠です。
1. 遺留分侵害額請求の「時効(1年)」に対する万全の対策
何よりも注意すべきは、遺留分侵害額請求権には「相続の開始および遺留分を侵害する贈与・遺言があったことを知った時から1年」という極めて短い消滅時効が存在する点です。
裁判の優先順位を考える以前に、この1年の期限内に権利を行使の意思表示(通常は内容証明郵便など)を行わなければ、権利そのものが消滅してしまいます。同時並行の議論の前に、まずはこの時効の壁をクリアすることが最優先事項となります。
2. 相続登記の義務化等を見据えた総合的な財産把握
近年の法改正により、相続登記の義務化や所有不動産記録証明制度の導入など、不動産を中心とした相続手続きのルールは厳格化しています。遺産分割や遺留分の計算において、不動産の正確な査定や名義変更のスケジュール管理は欠かせません。
弁護士は、家庭裁判所での調停と、民事訴訟・交渉のテーブルを一体として捉え、「どのタイミングでどの手続きを動かせば依頼者の利益最大化につながるか」を総合的に判断して主導します。
まとめ:複雑な併行手続きは専門家へご相談を
「遺留分侵害額請求」と「遺産分割調停」のどちらを優先すべきかは、残された遺産の構成、時効までの残日数、相手方の態度によってケースバイケースで判断されます。
- 管轄が異なる裁判所への同時アプローチが必要
- 遺産の評価額確定と金銭請求のバランス調整が不可欠
- 1年の消滅時効という厳格なタイムリミットが存在する
これらを一般の方ご自身で整理し、適切に手続きをコントロールするのは極めて負担が大きいと言えます。トラブルを最小限に抑え、適正な遺産を受け取るために、相続問題に強い弁護士へ早い段階で相談することをお強くおすすめいたします。
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