Q 訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟上の再抗弁を提出することは許されるか。また、訴訟外の相殺について再抗弁を提出することは許されるのか。
2026/06/03 更新
訴訟上の相殺の抗弁
(1)訴訟上の相殺の抗弁は、当事者が口頭弁論または弁論準備手続においてする、自働債権と訴訟物となる請求権を相殺する旨の陳述をいう。
訴訟上の相殺は、実体法上の相殺の意思表示であるとともに、抗弁の提出です。
(2)相殺が認められると、被告は自働債権を喪失し、実質敗訴する。したがって、他の抗弁が認められない場合に、訴訟上の相殺は審理されるという順番が決まっている(勅使川原和彦「読解 民事訴訟法」200頁)。・・・①
訴訟上の相殺は、裁判所において判断されることを停止条件として実体法上の効力が生じる。(岡口基一「要件事実マニュアル(第7版)第1巻 」721頁)・・・②
(3)訴訟外で相殺を主張していた。これを訴訟で主張するのは、訴訟上の相殺に当たらない。この場合には、①②の性質は持たない。
最判平成10年4月30日民集52巻3号930頁
1 判決
「被告による訴訟上の相殺の抗弁に対し原告が訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは、不適法として許されないものと解するのが相当である。 けだし、(一) 訴訟外において相殺の意思表示がされた場合には、相殺の要件を満たしている限り、これにより確定的に相殺の 効果が発生するからこれを再抗弁として主張することは妨げないが、訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思 表示がされたことにより確定的にその効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上の相殺の効果が生ずるものであるから、相殺の抗弁に対して更に相殺の再抗弁を主張することが許されるものとすると、仮定の上に仮 定が積み重ねられて当事者間の法律関係を不安定にし、いたずらに審理の錯雑を招くことになって相当でなく、(二) 原告が訴訟物である債権以外の債権を被告に対して有するのであれば、訴えの追加的変更により右債権を当該訴訟において請求するか、又は別訴を提起することにより右債権を行使することが可能であり、仮に、右債 権について消滅時効が完成しているような場合であっても、訴訟外において右債権を自働債権として相殺の意思表示をした上で、これを訴訟において主張することがで きるから右債権による訴訟上の相殺の再抗弁を許さないこととしても格別不都合はなく、(三)また、民訴法 114条2項 (旧民訴法199条2項) の規定は判決の理由中 の判断に既判力を生じさせる唯一の例外を定めたもので あることにかんがみると、 同条項の適用範囲を無制限に拡大することは相当でないと解されるからである。」
2 解説
(1)最判平成10年は、「訴訟上の相殺の抗弁に対し訴訟上の相殺の再抗弁を主張することは許されない。」「しかし、相殺の意思表示が訴訟外でされた場合には、相殺の再抗弁を主張することは許される。」としている。
(2)訴訟上の相殺の抗弁については、他の抗弁が認められない場合に、訴訟上の相殺は審理されるという審理の順番が決まっている。
また、訴訟上の相殺は、裁判所において判断されることを停止条件として実体法上の効力が生じる。
(3)これを受けて、最判平成10年は、「訴訟上の相殺の抗弁に対し訴訟上の相殺の再抗弁を主張する」ことを認めると①審理されるかどうか、不確定な争点が増えていくこと(訴訟上の問題)や、②実体法上の効力が生じるかも不明確になることを問題にしている。
(4)他方、訴訟外の相殺については、確定的に相殺の効力が生じ法律関係の不安定さの問題は生じないから、相殺の意思表示が訴訟外でされた場合には、相殺の再抗弁を主張することは許される、と考えている。
参考
民事訴訟法判例百選(第6版)150頁。
訴訟外の相殺による再抗弁
1 判例
訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟外の相殺による再抗弁の提出した最高裁判例はありません。しかし、下級審の判断ではこれを認めたものがあります(判例タイムズ1543号150頁)。
2 相殺の抗弁と相殺の再抗弁の優劣
訴訟外の相殺による再抗弁の提出が認められるとして、相殺の抗弁と相殺の再抗弁についてその優劣を決する必要が出てきます。
名古屋地判令和7年6月19日判例タイムズ1543号150頁
(1)訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟外の相殺について再抗弁することは許されます。
(2)相殺の意思表示はその意思表示の到達したときから確定的にその効力が発生することから、意思表示の前後によって、その優劣を決することになります。
相殺の抗弁の自働債権について、(相殺の抗弁が提出されたときより先に)訴訟外で相殺の意思表示をしていれば、その訴訟外の相殺について再抗弁を提出できます。
(3)また、名古屋地判令和7年6月19日判例タイムズ1543号150頁の事案では、訴訟外で時効の援用を主張した債務に対し、時効の援用を撤回して、相殺の主張により債務の消滅を主張した事案です。この点については、時効の援用を撤回しても債権者にとって不利益ではないから時効援用の撤回も許されると判断されました。






