トラック業界と、歩合給
2024/02/18 更新
トラック業界と労働時間の把握
(1)運送業の場合には、労働時間の把握が困難です。
(2)事務所で働く人の場合、他人の目もあります。さぼることは簡単ではなく、始業時刻(出社時刻ではなく)から退社時刻までの時間(拘束時間)から、休憩時間を引いた時間が労働時間と推察されます。
(3)運送業の場合には、デジタコがあります。デジタコの場合、運転時間は労働時間だと推察されます。荷積み、荷下ろし時間については、デジタコの打刻時間を労働時間と推察するのが通常です。
停車時間のうち、「荷積み、荷下ろし時間」についても実際には、労働者の自己申告です。運転時刻についてもルートが適切なのか(寄り道していないか)については、定期的にチェックが必要です。
(4)「荷積み、荷下ろし」以外の停車時間については、手待ち時間なのか、休憩時間なのか、判断しなければなりません。
例えば、8時に荷物を取りに行く約束をしているとすれば、車なので1時間程度は余裕をみて、現地に行く必要があるかもしれません。1時間早く着いたとして、30分程度は、時間通りに現地に行くためにはある程度早めに到着することが必要であり、現地近くで待機しなければならない必要時間であるとして労働時間(手待ち時間)と考える。しかし、それ以外の時間は、現地近くであるとはいえ、仮眠したり、ご飯を食べたり、私的に自由に使える時間であるとして休憩時間であると考えることもできます。
つまり、現実的には、これらの判断が難しく、労働時間の把握が困難です。
(5)仮に、1分レベルで労働時間が把握可能だとしても、不当にゆっくり運転するドライバーと、テキパキ仕事をするドライバーと比べて、テキパキ仕事をするドライバー(売り上げをあげるドライバー)に給与を渡したいというのが経営者です。
(6)なお、昨今は、ドライバー不足であり、運転手を搾取する会社から従業員に逃げられます。ドライバーは別の会社に就職すればよいからです。
したがって、運送会社(の経営者)は、残業代分を含めて給与を支払っています。しかし、法律上の要件どおりに「1分いくらという計算式で残業代を支払う」ことが難しいのが現実です。
歩合給
(1)歩合給は、(売上×30%)で計算される給与です。
(2)歩合給の場合には、固定給と比べて残業の計算が8分の1程度となります。なお、8分の1は私の経験則の数字です。
前提
月給30万円とする。
月の平均所定労働時間を170時間とする。
残業時間は、50時間とする。
固定給の場合
月給30万円 ÷ 所定労働時間(170時間) × 割増率1.25× 50時間 で計算します。
歩合給の場合
月給30万円 ÷ 総労働時間(170時間+50時間) × 割増率0.25× 50時間 で計算します。
(3)運送会社(の経営者)は「がんばって働いた分は従業員に支払ってあげたい」と考えています。そこで、歩合給制度を採用することが多いです。
(4)なお、取引先からの入金は月末締めの翌月末払となることなります。正確な売り上げは翌月末にならないと分からないことも多いです。そこで、社内運賃制度を設けることもあります。
「大阪から東京までの仕事は売り上げは〇円と計算する。」と決めるわけです。この社内運賃制度も歩合給として有効です。実際には、取引先とのやりとりでも、「大阪から東京までの仕事は売り上げは〇円です。したがって、〇円以下では請けれません。」と交渉します。
歩合給と振り分け制度
(1)①総額賃金は、歩合給(売上×30%)で決ます。・・・①
②基本給を決めて、③時間外手当=①-②で計算します。
賃金体系
以下のような賃金体系です。
①総額賃金 = 歩合給(売上×30%)
①総額賃金 = 基本給
+時間外手当
①総額賃金 |
ⅠⅠ
②基本給 | ③時間外手当 |
(2)上記の計算式で出される賃金体系を、「振り分け賃金方式」と呼びましょう。なお、正式な名称ではありません。
(3)「振り分け賃金方式」が採用されるのは、3つ理由があります。
一つは、労基対策です。労基は、書類上で、残業代の支払いをチェックします。「振り分け賃金方式」の場合には、残業代を支払っていたことになるからです。
二つめは、「振り分け賃金方式」の場合に、時間外手当が本当に残業代といえるか問題があります。しかし、このことが問題なることが少なかったからです。
本当の意味で、がんばるドライバーについては会社は大切にして、十分な給料を支払ってきたのでドライバーとの関係も良好で特にトラブルになりませんでした。
三つめは、最判平成29年2月28日(民集255号1頁、判タ1436号85頁)の存在です。同判例は、「固定残業代について、歩合給の方法で計算された金額である、という事情をだけで、残業代の支払いにあたることは否定されない。」と判断しました。
したがって、最近の判例が出るまでは、「振り分け賃金方式」の「時間外手当」を「残業代ではない」として否定することができなかったのです。
「歩合給と振り分け制度」と最近の判例
(1)「振り分け賃金方式」と時間外手当
最近の裁判実務では、「振り分け賃金方式」の「時間外手当」は残業代の支払いであることが否定されるようになりました。
確かに、歩合給は、働いた分だけお給料が増えるので、「残業分の対価を支払う。」という性質があります。しかし、最近の裁判例では、歩合給で計算されているだけでは足りません。当該手当が設計として、「ざっくり計算で残業代を支払ったもの」と評価されるのか、それとも、「別の名目の手当(例えば、歩合給)を残業代の名目で支払っただけ」と評価されるのか、問題になってきました。
したがって、「振り分け賃金方式」の「時間外手当」は、残業代の支払いとは認められなくなりました。
(2)「振り分け賃金方式」の「時間外手当」について残業代であることが否定された場合の計算
「振り分け賃金方式」の「時間外手当」について残業代であることが否定された場合には、以下のように残業代を計算します。
振り分け方式
「振り分け賃金方式」は、「基本給」+「時間外手当」となります。
なお、「時間外手当」は実質歩合給なので、歩合給として計算することになります。
前提
月の平均所定労働時間を170時間とする。
残業時間は、50時間とする。
基本給部分の計算
基本給 ÷ 所定労働時間(170時間) × 割増率1.25× 50時間 で計算します。
残業手当部分の計算
時間外手当(実質、歩合給) ÷ 総労働時間(170時間+50時間) × 割増率0.25× 50時間 で計算します。
(3)「振り分け賃金方式」の問題点
もともと、歩合給であれば、全て残業代を0.25で計算すればよかったのです。
しかし、「振り分け賃金方式」を採用したことで、残業代の計算式が8倍になっていします。
(4)「振り分け賃金方式」の利点
裁判になると、「振り分け賃金方式」は無効になります。また、残業代の支払額もアップします。
しかし、給与明細上は、残業代を支払ったことになります。
労基のチェックをすり抜けることができます。何よりも、従業員にとって、納得できる計算の仕方でもあります。(がんばるドライバーについては会社は大切にして、十分な給料を支払ってきたのでドライバーとの関係も良好であり、現時点も、特にトラブルになることは少ないです。)
今後のあるべき「歩合給」その1
(1)最新の歩合給についての判例を考慮して、どんな給与計算をすべきかを考えます。
(2)一つは、フル歩合給+固定残業代です。
①歩合給
歩合給は(売上×30%)で計算する。
②固定残業
固定残業代を5万円で計算する。
③超過残業代
拘束時間で残業代を計算して、同額から固定残業5万円を引いた額を、超過残業代として支払う。
(3)ポイントは、二つです。
拘束時間(始業時刻から終業時刻)で計算して、労働時間を計算してしまおう、ということです。
例えば、拘束時間(始業時刻から終業時刻)-2時間で、計算してもよいでしょう。これで計算しても、運送業においては、実体よりも労働時間を多めに計算することになります。
二つ目は、労働時間のアップよる賃金アップを抑える、ということです。基本は歩合給ですから、「テキパキ仕事をするドライバー(売り上げをあげるドライバー)に給与を渡したい」というのが経営者のニーズにも合致します。
今後のあるべき「歩合給」その2
(1)最新の歩合給についての判例を考慮して、どんな給与計算をすべきかを考えます。
(2)一つは、概算時間方式です。歩合給の残業代について、その残業代の計算を、労働時間の概算で計算する方法です。
①歩合給
歩合給は(売上×30%)で計算する。
②概算残業代
残業代を概算で計算して支払う。
(3)概算残業代は以下のように計算します。
まず、(ア)残業代の計算方式を、ルート数×ルート単価で計算します。
次に、(イ)ルート単価を、「(予想される労働時間-8時間)×時間単価×1.25(もしくは0.25)」で計算し、その計算式を従業員に周知します。この計算式があれば、同手当の趣旨が残業代の支払いであることが明確になります。