退職時の清算合意の有効・無効
2023/04/05 更新
退職時の清算合意の有効・無効
(1)退職届に「御社には今後、一切何らの請求をしません。」と書いてもらった場合、その後、当該従業員が残業代請求をすることはできないでしょうか。
(2)従業員が退職時にパワハラがあったと主張し、解決金30万円を支払ったとします。その際に、合意書に「御社と私の間には債権債務が存在しません。」と書いてもらった場合、その後、当該従業員が残業代請求をすることはできないでしょうか。
裁判所の考え方
(1) 残業代を含む賃金債権の放棄は、従業員の自由な意思に基づく合意が必要です。
(2) 例えば、「残業代は100万円があるが、これは請求しない。」ということを従業員が発言し、その録音テープがある場合に、「退職金として30万円の支払いを受けた。したがって、御社には今後、一切何らの請求をしません。」との書類があるとすれば、残業代の放棄が認められるでしょう。
(3) 例えば、「残業代が請求できるかどうかわ分からい。しかし、残業代は請求しないことは約束する。」と従業員が発言し、その録音テープがある場合に、「退職金として30万円の支払いを受けた。したがって、御社には今後、一切何らの請求をしません。」との書類があれば、残業代の放棄が認められるでしょう。
(4)「確かに、残業代請求があるか分からない(もしくは、残業代請求ができる)。しかし、早期解決のために、これを放棄した。」という経緯が立証できる場合に限って、残業代の請求の放棄を認められます。
(5) 文書にて、残業代請求を放棄すると明記されている必要はありません。しかし、従業員が、残業代請求の存在もしくはその存在可能性を認識したことが立証される場合に限って、「御社には今後、一切何らの請求をしません。」もしくは「債権債務なし」との文言から残業代請求を放棄する意図を読みとめると理解するわけです。
労働基準監督署の是正勧告
(1)例えば、労働基準監督署より「3か月分の未払い残代を支払え」との是正勧告を受けることがあります。
(2)この場合に、会社が3か月分の未払い残業代を支払ったうえで、「御社には今後、残業代の請求をしません。」との確認書をもらっていたとします。しかし、残り1年間分の残業代は未精算であった場合、従業員は、3か月分の未払い賃金以外の残業代請求についてはこれを認識していません。もちろん、放棄もしていません。したがって、残り1年間分の残業代の放棄は認められないわけです。
退職時の清算合意
(1) 現実論としては、紛争予防のために、退職届に「御社には今後、一切何らの請求をしません。」と書いてもらってことはよくあります。
(2) しかし、法律上は、退職届に「御社には今後、一切何らの請求をしません。」と書いてもらっても効力はない、と考えた方がよいでしょう。
参考
ビジネスガイド2022年11月号39頁以下