判例(業務の経費を賃金から控除する合意が有効だとされた)
2025/06/28 更新
賃金からの控除
労基法24条
(1)賃金は、通貨で、全額を、労働者に直接、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない、と規定されています。
(2)したがって、賃金から法律で定めのあるもの(所得税、住民税、社会保険料等)を控除する場合には、労使協定が必要です。
労働基準法24条(賃金の支払) 1項 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。 2 項 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない |
控除する項目
(1)労働行政は、労使協定によって、賃金から控除できる項目は、「購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費」等、事理明白なものに限られ、かつ、①控除の対象となる具体的な項目、②各項目別に定める控除を行う賃金支払日が記載される必要があるとされている(昭和27年9月20日基発675号、平成11年3月31日基発168号)とされる。
(2)もっとも、上記以外の項目にについては、労使協定だけでなく、個々の従業員との個別合意が必要となります。
合意の存在と有効性
業務の経費を賃金から控除する個別合意が成立するとしても、賃金からの相殺(控除)の問題(賃金控除の問題)だけでなく、本来会社負担とするべき経費を給与から控除して従業員に負担させてよいのか(経費負担の問題)、という問題があります。
判例
事案
(1)社員Xは、生命保険の営業職員であった。
(2)社員Xは、営業職員になる前後の時期に、業務の経費が給与から控除されることの研修を受けていた。
(3)社員Xは、特段の異議を述べうことなく、業務の経費に関する注文等を行っていた。
(4)業務の経費には、生命保険の営業に使う資料のコピー代等も含まれいた。
(5)業務の経費の社員に対する負担は、給与の5%以内であった。
(6)会社は、組合との間で、賃金の控除の協定を締結していた。
判決
(1)判決は、①個別合意の存在、②その合意が有効か(経費負担の問題)、③その合意が有効か(賃金控除の問題)とに分けて検討した。
(2)以下の事情から、「業務の経費を給与から控除する」旨の、会社と個別の社員との間で合意が成立する。
社員Xは、営業職員になる前後の時期に、業務の経費が給与から控除されることの研修を受けていた。
社員Xは、特段の異議を述べうことなく、業務の経費に関する注文等を行っていた。
(3)以下の事業の経費を給与から控除する合意は、有効である。(経費負担の問題)
生命保険の営業職員としては、その裁量に基づいて利用する経費の金額も異なり、労働者の負担とする合理性もある。
負担額も給与と比して過大ではない。(業務の経費の社員に対する負担は、給与の5%以内であった。)
(4)経費を給与から控除する合意は、有効である。(賃金控除の問題)
給与の相殺が賃金全額払いの原則の例外として許容されるためには、その合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である(最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁参照)。
負担額も給与と比して過大ではないことや、社員Xは、賃金から控除されることを認識しつつ、業務の経費に関する注文等を行っていたこと等を考慮しても、労働者の自由な意思に基づくものといえる。
よって、経費を給与から控除する合意としても有効である。
大阪高判令和6年5月16日
判例タイムズ1532号47頁