判例(賃金体系の変更について説明会を開いたが、基本給部分の減額について説明が不十分であったとして、就業規則の変更としての合理的理由も認められず、かつ、賃金体系の変更の同意も認められなかった事案)
2025/08/11 更新
賃金体系の変更の実務
1 賃金体系の変更の実務
(1)賃金体系の変更については、社員に対し説明し、社員の同意を得ることが行われます。
(2)社員の全体説明会をすることもありますし、個々の社員に対し個別の説明をすることもありmす。
(3)その根拠としては、「就業規則の変更」もしくは、「労働者の同意」が使われます。
2 基本給の不利益変更
(1)会社にとって給与原資を大きく変動できません。したがって、基本給を下げ、その下げた基本給を前提に残業代を計算し、総額で従前と給与額が変わらないようにすることが多いです。
(2)会社としては、「給与総額は変更しません。」と説明することが多いですが、「基本給が下がった」ことについてどこまで説明するかが問題となります。
3 手法
(1)実際の手法としては、賃金規定(就業規則)の変更、従業員への説明、従業員からの雇用契約書に署名をもらうことまでやることが多いでしょう。
(2)賃金体系の変更について、「就業規則の変更」として合法化する場合には、賃金規程(就業規則)を変更して、従業員の賃金体系を変更することが必要です(労働契約法10条)。
(3)賃金体系の変更について、「労働者の同意」として合法化する場合には、従業員と合意することが必要です。(労働契約法9条)。
(4) どちらの手続きをとるにしても、賃金体系変更の合理的理由と、従業員と真摯に話し合ったこと、が必要になります。
就業規則の変更による賃金体系の変更
(1) 賃金規程(就業規則)を変更して、従業員の賃金体系を変更するには以下の要件を満たすことが必要です(労働契約法10条)。
① 就業規則の変更手続をしたこと。
② 就業規則の変更に合理的理由があること。
③その規定に基づいて給与が変更されたこと・
労働者との合意による賃金の減額
(1)従業員と合意して、賃金体系を変更するには以下の要件が必要です(労働契約法9条)。
① 労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認められること「合理的理由の客観的存在」
② 従業員が賃金体系の変更に合意したこと
(2)従業員の立場では、会社から減額の申し出をされると、承諾する旨の書面に署名するしかないという力関係が存在します。
最判平成28年2月19日民衆70巻2号123頁(山梨県民信用組合事件)は、退職金の支給基準を変更する合意の有効、無効が問題になった事案ですが、労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認める足りる「合理的理由の客観的存在」が必要だと述べています。
② 労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認める足りる「合理的理由の客観的存在」とは、具体的には、賃金体系変更の合理的理由と、従業員と真摯に話し合った事実、が必要になると考えてよいでしょう。
東京地裁令和6年2月19日 判例タイムズ1533号142頁
1 事案
(1)賃金体系の変更について説明会を開いたが、旧賃金体系から新賃金体系での給与のシミレーション(給与の計算方法が変わるが支払額は大きな変動がないこと)が説明されたが、基本給部分の減額について説明がなかった。
(2)新賃金体系では、旧賃金体系と比べると、時間単価について70%から80%の減額があり、基本給のがくとしても月額3万円から7万円の減額がされていた。
(3)会社は、従業員から、新賃金体系を前提とする労働契約書について署名をもらった。()
2 判決
(1)会社は、賃金体系の変更について説明会を開いたが、基本給(時給単価)がいくら減額されるのか、について説明をしておらず、従業員が自由な意思に基づいて同意したとはいえない「合理的理由の客観的存在」。
(2)また、同様に考えれば、十分な説明もなく、就業規則の変更としての合理的理由も認められない。