【定年後の再雇用】名古屋自動車学校事件(最判令和5年7月20日)
2023/11/26 更新
事案
(1)定年は60歳となっていた。継続雇用制度があり、65歳までは契約期間を1年間をとする有期雇用契約を締結する制度を締結していた。60歳超えで継続雇用される社員は嘱託職員と呼ばれていた。
(2)名古屋高裁は、裁判所は、嘱託職員の業務は正職員の業務の相違がないことから、嘱託職員の基本給が正職員の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものと判断した。
(3)会社は、上記の高裁判決を不服として、上告した。
判決
(1)正職員(正社員)の基本給は、勤続年収によって賃金が大幅にアップするものではないから、(今やっている仕事を基準に給与が決まる)職務給としての性質を有する。
(2)正職員(正社員)の給与は、役職手当も支給されることがあるが、その支給額が明確に決まっていなかったこと、正職員(正社員)の基本給には功績給も含まれているので、職務遂行能力を基準に給与額が決まる(社員の経歴を中心とする)職能給としての性質を有する。
(3)嘱託職員は役職に就くことが予定されていない。嘱託職員の基本給は正職員と異なる基準で支給されていた。嘱託職員の基本給は勤務年数に応じて増額されるものではなかった。
(4)正職員と、嘱託職員の基本給に差があるのが、基本給の性質やその目的が異なるからであるから、その性質や目的を検討した上で、無期雇用契約と有期雇用労働者の労働条件の差が不合理であるかを判断すべきである。
最判令和5年7月20日
判例タイムズ1513号80頁以下
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/208/092208_hanrei.pdf
前提知識
高齢者雇用安定法
高年齢者雇用安定法は、会社に以下の対応を義務付けています。
(1)定年を60歳未満としてはならない。
(2)①②③のいずれかの措置をとらなければならない。
①65歳まで定年を延長すること
②定年を撤廃すること。
③65歳までの雇用継続制度を設けこと。
65歳までの雇用継続制度
(1)多くの企業では、65歳までの雇用継続制度が導入されています。
(2)65歳までの雇用継続は会社の義務です。しかし、会社が従業員に対し、退職後の雇用条件を具体的に提案しないまま、60歳定年を過ぎてしまった場合、自動的に従前の労働条件が引き継がれるものではありません。
(3)イメージで言えば、会社は従業員に対し、定年後の労働条件について、合理的な労働条件を提案する義務があると理解すればよいと思います。
高齢者雇用の実務
(1)高齢者は年々体力が落ちていきます。体力等を考慮して毎年の業務内容を見直す必要があります。そこで、1年更新の有期雇用契約を締結することが多いです。
(2)高齢者は若者に比べれば柔軟性に劣り、未経験の分野は苦手であるともいわれます。
そのため、再雇用後も、定年退職前と同じ業務をお願いすることが多いです。
(3)賃金については従前と同様にする場合もあります。また、定年後は、年金が支給されることもあって金額を下げることもあります。
本件の問題
本件では、賃金を下げたために、定年退職後に有期雇用で再雇用された社員が、従前と同じ業務をしているのに、無期雇用契約と有期雇用労働者の労働条件の差が不合理であるとして、その差額相当額を損害として不法行為に基づく損害賠償請求等を求めました。
パータイム・有期雇用労働法
(1)パータイム・有期雇用労働法では、パート・有期労働者と、無期のフルタイム労働者との間に不合理な待遇差を禁止しています(同法8条、9条)。
(2)同一の業務をしているのであれば、賃金を含めたその他の労働条件が同一である必要があります(パータイム・有期雇用労働法9条)。
「同一労働同一賃金ガイドライン」のガイドライン
(1)「同一労働同一賃金ガイドライン」は、以下のように記載されています。
(2)定年に達した後に継続雇用された有期雇用労働者についても、短時間・有期雇用労働法の適用を受けます。
(3)有期雇用労働者が定年に達した後に継続雇用された者であるとは、通常の労働者と当該有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合理と認められるか否かを判断するに当たり、労働条件の差を合理的だと考えるべき事情として考慮されます。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html
職能給と職務給
(1)賃金の決め方としては、社員の経歴を中心とする職能給と、今やっている仕事を中心とする職務給があります。
(2)最高裁では、職能給を職務遂行能力を基準に給与額が決める制度として表現しています。職務遂行能力をどうやって判断するかと考えれば、社員の経歴を中心に給与額を決める制度であるとも表現できます。
(3)本件は、元正社員であったが、定年後して非正規社員となった事案です。そういった意味では経歴は同じですから、年齢を考慮したうえでの能力もしくは会社での役割の違いによって、基本給の差額が正当化できるかがポイントとなります。
解説
(1)最高裁は、本件に関して、「定年再雇用の基本給は、正社員の基本給と、再雇用後の基本給の差について、基本給の趣旨から、差があることが不合理な待遇差にあたるか判断するべきである。」としました。
しかし、最高裁は、非正規社員が正社員になるための登用制度があること、正社員の業務が非正規社員の業務と比べて高度であるといえる場合には、基本給、賞与、退職金の差について、賞与は、正社員としての能力を持つ人材の確保を目的とするとして正当化してきました。
再雇用の場合には、再雇用後の非正規社員は元正社員です。非正規社員は正社員と同じ能力を持ち、再雇用後も正社員時代と同じ業務をすることが多いです。
従前の最高裁の考え方を前提にすると、「基本給の差について踏み込んで判断したのは再雇用が問題になっていたケースであるからである。」と理解すべきでしょう。
(2)本件では、再雇用後の非正規社員(嘱託職員)の地位は、「役職に就くことが予定されていなかった。契約期間は1年ごとの有期雇用であった。嘱託職員の基本給は勤務年数に応じて増額されるものではなかった。」というものでした。再雇用後の非正規社員(嘱託職員)としては一般的なものです。
(3)最高裁は、「正職員(正社員)の基本給は、勤続年収によって賃金が大幅にアップするものではないから、(今やっている仕事を基準に給与が決まる)職務給としての性質を有する。」と認定していますが、この部分はあまり深く考えなくてよいでしょう。
なぜなら、職務給であれば、同じ仕事をしている以上は、正社員と比べて、再雇用後の非正規社員(嘱託職員)の給与を下げてはならないという結論になるはずですが、最高裁はそのような結論を出していません。
(4)最高裁は、「正職員(正社員)の給与は、役職手当も支給されることがあるが、その支給額が明確に決まっていなかったこと、正職員(正社員)の基本給には功績給も含まれているので、職務遂行能力を基準に給与額が決まる(社員の経歴を中心とする)職能給としての性質を有する。」と認定していますが、この部分はあまり深く考えなくてよいでしょう。
なぜなら、再雇用の場合には、非正規社員は元正社員です。能力だけでは、賃金の差について説明がつきません。
(5)長澤運輸事件(最判平成30年6月1日)では、「有期雇用労働者が定年に達した後に継続雇用された者であることは、通常の労働者と当該有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合理と認められるか否かを判断するに当たり、労働条件の差を合理的だと考えるべき事情として考慮される。」と判断されています。つまり、定年後再雇用の場合には、賃金を低下させることについて会社の裁量として許されることがあるしています。
つまり、本判決は、「再雇用後の非正規社員について、基本給の差も問題となる。」「再雇用の場合には、正社員時代と比べて、賃金をどれくらい下げてよいかは、年齢を考慮したうえでの能力もしくは会社での役割の違いによって、基本給の差額が正当化できるかがポイントとなり、より細かく審理さえる。」ことを示した判例と理解すべきでしょう。