慰謝料の支払いが滞った場合のリスクと初期対応
不倫の慰謝料について当事者間で合意が成立し、示談書を作成したにもかかわらず、相手からの支払いが遅れたり、分割払いの途中で支払いが途絶えたりするケースは少なくありません。このような場合、放置せずに迅速な対応を取ることが重要です。
支払いが遅延した際の催告(内容証明郵便の活用)
支払い期日を過ぎても入金がない場合、まずは電話やメールで状況を確認します。それでも応じない、あるいは無視される場合は、法的なプレッシャーをかけるために「内容証明郵便」を用いて督促状(催告書)を送付します。内容証明郵便は「いつ、誰が、誰宛てに、どのような内容の文書を送ったか」を郵便局が公的に証明するものであり、相手に対する強い心理的圧迫になると同時に、後述する時効の中断(更新)手続きの第一歩としても機能します。
放置することで生じる時効のリスク
慰謝料の請求権には消滅時効が存在します。一般的に、不法行為に基づく損害賠償請求権は「損害および加害者を知った時から3年」です。合意が成立して示談書がある場合でも、支払期日から一定期間が経過すると請求権が消滅する恐れがあります。支払いが滞った状態を長期間放置することは、自らの権利を放棄する結果になりかねません。
強制執行(差し押さえ)を行うための必須条件
督促を行っても相手が支払いに応じない場合、最終的な手段として裁判所を通じた「強制執行(財産の差し押さえ)」を行うことになります。ただし、これを行うには法的な要件を満たす必要があります。
「債務名義」とは何か
強制執行を申し立てるには、法的に権利が確定していることを証明する「債務名義」と呼ばれる公的な文書が不可欠です。慰謝料請求における主な債務名義には以下のものがあります。
- 確定判決(裁判で勝訴した場合)
- 和解調書・調停調書(裁判所での話し合いで合意した場合)
- 強制執行認諾文言付き公正証書
私製の示談書だけでは直ちに強制執行できない理由
当事者同士で作成した単なる合意書や示談書は、たとえ当事者の署名捺印があっても「私文書」に過ぎず、債務名義には該当しません。したがって、私製の示談書しかない状況で支払いが滞った場合、まずはその示談書を証拠として裁判(支払督促や訴訟)を起こし、判決などの債務名義を新たに取得するという手間と時間がかかってしまいます。そのため、慰謝料の合意時には、公証役場で「強制執行認諾文言付き公正証書」を作成しておくことが極めて重要です。
差し押さえの対象となる主な財産
債務名義を手に入れたら、相手のどの財産を差し押さえるかを特定する必要があります。裁判所は相手の財産を自動的に探してくれるわけではないため、債権者(あなた)が対象を特定して申し立てなければなりません。
給与債権の差し押さえ(勤務先を特定している強み)
最も確実で一般的な回収方法は、相手の勤務先からの「給与の差し押さえ」です。手取り給与の4分の1(手取りが33万円を超える場合は33万円を超える部分すべて)を毎月、勤務先から直接あなたに支払わせることができます。不倫相手の勤務先を知っていれば、強力な回収手段となります。相手にとっては会社にトラブルを知られるため、差し押さえを避けるために一括で支払ってくるケースもあります。
預貯金の差し押さえ(口座情報の把握が必要)
相手の銀行口座を差し押さえる方法です。申し立てた時点で口座にある残高から強制的に回収します。ただし、差し押さえの対象となる金融機関名と支店名まで特定する必要があります。また、給料日の直後など、口座に残高があるタイミングを狙う必要があります。
その他の財産(不動産や生命保険など)
相手が持ち家(不動産)を所有している場合や、解約返戻金のある生命保険に加入している場合、それらを差し押さえて換価することも可能です。ただし、不動産の競売などは手続きが複雑で費用もかかるため、高額な慰謝料が未払いの場合に検討されます。
給与の差し押さえを行う具体的な手順
給与の差し押さえを実行するための実務的な流れは以下の通りです。
裁判所への強制執行の申し立て手続き
債務名義、執行文(債務名義に強制執行できる効力を付与したもの)、送達証明書(相手に債務名義が届いていることの証明)などの必要書類を揃え、相手の住所地を管轄する地方裁判所に「債権差押命令」を申し立てます。
勤務先(第三債務者)への通知と支払いの確保
裁判所が申し立てを認めると、相手の勤務先(第三債務者と呼ばれます)に対して「差押命令正本」が送達されます。これにより勤務先は、差し押さえられた分の給与を相手本人に支払うことが禁じられ、直接あなたに支払う義務を負うことになります。
相手方が転職・退職してしまった場合の対応
給与の差し押さえは、相手がその会社に勤務している間のみ有効です。もし相手が差し押さえ逃れのために退職したり、転職したりした場合、元の会社からの回収は不可能になります。その場合は、新たな勤務先を調査し直して再度申し立てを行うか、別の財産(預貯金など)の差し押さえに切り替える必要があります。確実に回収を進めるためにも、専門的なノウハウを持つ弁護士に手続きを依頼することが推奨されます。