養育費の未払いを回収する「これまでの壁」
養育費の支払いが滞った場合、相手の給与や預貯金を強制的に差し押さえる(強制執行する)ためには、これまでは「債務名義(さいむめいぎ)」と呼ばれる公的な文書が絶対に必要でした。 具体的には、以下のいずれかです。
- 強制執行認諾文言付きの公正証書
- 家庭裁判所の調停調書、審判書、判決書
もし、夫婦間の「念書」や「口約束」しか残していなかった場合、いきなり差押えをすることはできず、まずは家庭裁判所に養育費請求調停を申し立て、何ヶ月もかけて調停調書を取得するという非常に時間と手間の掛かる手続きを踏む必要がありました。
2026年から導入される「養育費の先取特権」とは
この不払いの壁を打ち破るため、2026年(令和8年)の法改正により、養育費の請求権に対して「先取特権(さきどりとっけん)」が付与されることになります。
先取特権とは、「他の債権者(借金の貸主など)よりも優先して、債務者(元配偶者)の財産から支払いを受けられる権利」のことです。 この権利が法的に認められることで、これまで必須だった「公正証書」や「調停調書(債務名義)」が手元になくても、相手の財産に対する強制執行(差押え)の申し立てが可能となるという、極めて強力な制度です。
具体的にどうやって差し押さえるのか?
先取特権に基づく差押え(担保権の実行としての競売・債権差押命令の申立て)の手順は以下のようになります。
- 支払いの事実を示す資料の提出 公正証書がなくても、過去に一定期間(例:数ヶ月間)、相手から定期的に「養育費」として一定額の振り込みがあったことを示す通帳のコピーや、養育費の金額について合意したLINEのやり取り・手書きのメモなどを疎明資料(証拠)として裁判所に提出します。
- 裁判所による差押命令の発令 裁判所が資料を確認し、養育費の合意が存在すると認めれば、直ちに相手の勤務先へ「給与差押命令」や、銀行への「口座差押命令」を出してくれます。
法定養育費との強力な組み合わせ
さらに、事前の取り決め(LINEの記録など)すら一切なかった場合でも、新設される「法定養育費(最低限の生活保障額)」の制度と組み合わせることで、「取り決めなし」の状態からいきなり法定養育費の金額分について先取特権を行使し、差し押さえることが可能となります。
先取特権制度の注意点
非常に強力な制度ですが、無条件で全額を差し押さえられるわけではありません。
- 差押えの対象と上限:給与を差し押さえる場合、相手の生活も保障しなければならないため、手取り額の原則「2分の1」までという上限があります(従来の強制執行と同じルールです)。
- 相手からの異議申し立てリスク:公正証書のような確定した文書がない状態で差し押さえるため、相手から「そんな合意はしていない」「すでに一括で支払った」などと裁判所で「請求異議の訴え」を起こされ、争いになるリスクがあります。
新制度によって「泣き寝入り」を防ぐ手段は格段に増えますが、最も確実でトラブルの少ない方法は、やはり離婚時に「公正証書」をしっかりと作成しておくことに尽きます。新制度の利用や公正証書の作成については、離婚問題に強い弁護士へご相談ください。