離婚や別居に伴う婚姻費用(生活費)の取り決めにおいて、義務者が給与所得者(会社員)であれば、源泉徴収票の「支払金額」や「給与所得控除後の金額」をベースに算定表を用いて比較的スムーズに金額を算出できます。
しかし、義務者が自営業者や会社経営者である場合、確定申告書上の「課税所得」や「所得金額」をそのまま用いると、実際の生活実態と大きく乖離してしまうという問題が生じます。
経営者や個人事業主は、税法上の規定を活用して合法的に所得を圧縮(節税)しているケースが多いためです。婚姻費用の算定にあたっては、この「節税による所得の目減り」を正しく修正し、真の経済力を反映させる必要があります。
本記事では、夕陽ヶ丘法律事務所の弁護士が、自営業・会社経営者の婚姻費用計算における確定申告書の修正方法や、役員報酬の考え方について詳しく解説します。
自営業者の婚姻費用計算で確定申告書をそのまま使えない理由
裁判所の養育費・婚姻費用算定表は、主に給与所得者を基準として作成されています。そのため、自営業者の所得を当てはめる際には、税法上のルールと家族法(婚姻費用分担義務)のルールの違いを調整しなければなりません。
税金対策と実収入のギャップ
自営業者は、売上から必要経費を差し引いた「所得」に対して課税されます。そのため、将来の事業資金の確保や節税の目的から、実際には手元に残っている(あるいは自由に使える)お金であっても、帳簿上は経費として計上して所得を低く見せることが可能です。
例えば、以下のような項目は税法上は経費として認められますが、婚姻費用の算定においては「実際に生活費に充てられる原資」として、所得に加算(再計算)されるのが一般的です。
- 青色申告特別控除(実際のキャッシュアウトを伴わない帳簿上の控除)
- 過大な減価償却費(法定耐用年数に基づき計上されるが、実際の現金の流出はないもの)
- 事業主の個人的な支出が経費に混入している場合(車両費、接待交際費、水道光熱費など)
これらを修正せずに算定表に当てはめてしまうと、受け取る側(権利者)が不当に低い婚姻費用しか受け取れなくなってしまいます。
個人事業主の所得修正:具体的な加算項目の見方
個人事業主(所得税の確定申告:B表)の場合、婚姻費用の基礎となる収入を算定するにあたり、主に以下の項目をチェックして修正を行います。
1. 青色申告特別控除額の加算
青色申告を行っている場合、最大65万円(または10万円)の控除を受けることができます。しかし、これは国が税制優遇として認めているものであり、実際に現金が外部に流出しているわけではありません。したがって、確定申告書の所得金額に、この青色申告特別控除額をそのまま足し戻す修正を行います。
2. 減価償却費の妥当性評価
建物、車両、機械装置などの減価償却費についても精査が必要です。事業実態に対して過大な減価償却費が計上されている場合や、すでに償却が終わっている資産であっても特段の理由なく計上されているようなケースでは、実質的な所得として加算修正されることがあります。
3. 専従者給与(親族への給与)の扱い
配偶者や親族を事業専従者として給与を支払っている場合、その給与が実際の労働実態に見合った適正な金額かどうかが争点になります。労働実態が伴わない過大な専従者給与が支払われているとみなされた場合、その金額を所得に加算して再計算を求める主張を行います。
会社経営者(法人役員)の婚姻費用計算:役員報酬と法人の実態
夫や妻が株式会社などの法人の代表者・経営者である場合、個人事業主とは異なり、「役員報酬(給与)」の形で収入を得ています。この場合、個人の確定申告書(または源泉徴収票)だけでなく、法人の決算書(貸借対照表・損益計算書)の確認が不可欠となります。
役員報酬の操作と「隠れ利益」
同族会社などのオーナー経営者であれば、自身の意思で役員報酬の金額を比較的自由に設定・変更することができます。
離婚や別居の話し合いが始まった途端に、婚姻費用を減額する目的で意図的に役員報酬を低く変更するケースが見受けられます。しかし、家庭裁判所の実務では、こうした直近の不自然な報酬引き下げは合理的な理由がない限り認められず、変更前の水準や、直近数年の平均値、あるいは同業他社の一般的な報酬水準をベースに婚姻費用を算定することが多くあります。
留保利益(社内留保)の考慮
会社経営者が自身の報酬を低く抑える一方で、会社側に莫大な内部留保(利益剰余金)を蓄えている場合、その会社経営者は実質的に高い経済力を持っていると評価されます。
完全な同族会社などで、経営者が会社の現金を自由に動かせる立場にある場合、役員報酬だけでなく会社の純利益や内部留保の一部も実質的な収入(潜在的稼働能力・事業主の総収入)として考慮すべきであると主張することが、調停や裁判の場では有効となります。
2026年改正民法・最新の法実務を踏まえた対応
離婚や婚姻費用を巡る法制度は、近年の法改正や最高裁判所の動向を踏まえて柔軟に変化しています。2026年現在、共同親権の導入や財産分与の期間制限(原則5年)の厳格化など、家族法制全体の見直しが進む中、経済的な基盤となる婚姻費用の適正算定の重要性はますます高まっています。
自営業や会社経営者のケースでは、相手方が財務資料の開示を拒んだり、意図的に不正確な確定申告書を提示してきたりするトラブルが後を絶ちません。
弁護士が代理人として介入することで、裁判所を通じた文書送付嘱託や弁護士会照会(28条照会)などの法的手続きを活用し、税務申告の控えや法人決算書の全容を合法的に開示させることができます。
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